The Rampage 2021 - The Beginning of the Rampage!!!

冬野立冬

prologue - 歯車は愛を孕んで回り出す


 1888年9月17日、ロンドン郊外────



 世間が切り裂きジャックの一連の殺人事件の影響で揺れ動く中、そんな世界の出来事にまるで興味が無いようなしがない科学者がいた。

 名をハルネと言い、見た目は二十代前半であり誰が見ても好青年と言える容姿を携えている彼はこの世界に異常と言える程興味が無かった。

 尋常ならざる記憶力と発想力によって瞬く間に学者としての地位を高め、将来はその名を歴史に刻む筈だった彼が何故そこまで世界に興味を無くし、挙げ句の果てに学者の地位まで捨てようとしているのか。

 事の詳細は一人の少女と少年のみが知っていた。


「やあ、ニーナ。今日はやけに外が騒がしいと思ったらまたあの連続殺人鬼が何か起こしたらしいんだ。でも、そんな事どうでも良いと思うんだ。なんでだと思う?」


 ハルネが自室に帰るなりおもむろにニーナという女性に対して一方的に会話を始め、さらには質問を投げる。

 しかしその質問の答えは返ってくる事はなく静寂のみが部屋を包み込んだ。

 そんな事はさものようにハルネは質問の回答を聞かずに言葉を続け始めた。


「僕にとって、君以外は眼中に無いんだよ。君を愛でる事だけが僕の唯一の生き甲斐なんだ。でも君はいつか死んでしまう。いや、もう


 ハルネは民を慈しむ王の如く優しい目でまるでSF映画にでも出てくるような縦長の透明な容器に怪しい水と共に入れられているニーナに一方的に会話を続ける。


「僕は切り裂きジャックに感謝すらしている始末なんだ。こうして実験の機会を僕に与えてくれたんだからね。君が彼に殺されていなければこうも円滑に実験は進まなかった筈だから」


 ハルネの言葉はどうやら本当であるらしく、ハルネの目の前で容器にその身を包んでいるニーナの腹には切り傷のようなものが生々しく残っていた。


「もうすぐ、この実験は成功するよ。人形の作成は終わった。なら次はどうするか────君のその死んだ体に残っている魂を空の人形に移して終わりだよ」


 恍惚な表情を浮かべながらハルネは容器の右側に目を向ける。

 するとそこにはニーナと呼ばれた女性と瓜二つの女性がまた別の怪しい水に満たされた容器に入っているでは無いか。


「さあ、始めよう。君と僕が永遠を手にする為の実験を」


 ハルネはその言葉を言い終わると同時に何やら怪しげな装置を電線で繋ぎ始め、最終的には容器にその電線を繋げて装置の電源をオンにする。

 電流が走った瞬間、容器の水は化学反応により突如として泡を立て始め、同時に透明な色から緑色へと変色を始めた。


 ────あぁ、ようやく……また君と話せる。


 ×                     ×


 ハルネは狂っていた。どうしようもなく狂っていた。

 

 彼は、不死者であった。


 ある日、突然怪我をしてもその傷は一瞬で癒える事に気付きどんなに激しい損傷が身に起ころうとも時間さえ経てばその傷は消えてしまう。

 そんな彼は幼少期から人とは全く違う世界観を持って生きることを義務付けられていたのだ。


 死の概念が彼には根本的にわからない。

 血が大量に出る。それが死に直結することを知らない。

 どんなに危険なウイルスに感染しようと、一度身体が死んでしまえばそのウイルスは嘘のように消えていく。


 そんな人が体験した事のないような生き方をしていった彼は次第に狂い始めた。


 彼には心が酷く欠落していた。


 それ故に人体実験に何の抵抗も示さない。

 死体を見ても顔を歪ませる事は決してありはしない。それどころか笑っている始末である。

 そんな少年を両親は早々に見捨ててしまった。


 当時八歳であった彼にとって当時のロンドンを一人で生き抜くのは大変厳しく、周りの大人達も自分の事に精一杯なので特段手を差し伸べてはくれなかった。

 しかし、ある日────一人の少女とその近くにいた男の子が救いの手を差し伸べた。


「あなたは何でそんなに悲しい顔をしているの?」


「悲しい?そう見えるのかい?おかしいな……気付けばそんなに追い詰められていたんだな」


「あなたは一人?おうちの人は?」


「いないよ、僕は小さい頃から周りと違うんだ。だからどこに行っても一人なんだ」


「じゃあ私が友達になってあげる!」


「はい────?」


 突如として差し出された手を幼き日のハルネは実に驚いた表情を浮かべながら見つめていた。


「僕と……?何で?」


「何でって。悲しい人がいたらその人を幸せにしてあげる。それが私がお母様から何度も言われた言葉なの。だからあなたみたいな人に私は幸福を与えるの!」


 差し出した手で無理矢理ハルネの手を掴み取り、幼き日のニーナは笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「これで私達は友達ね!」


 その後、二人とその近くにいた少年は三人でかけがえのない時間を共に過ごした。

 二人は決してハルネの不死に怯えずに、他の人と同じ態度で接し続けた。

 その結果、ハルネの心の中には次第に感情が芽生え、やがてその感情は『恋』という感情線に到達を果たした。

 やがて彼らは『永遠』を誓い合った。

 どんな事が起きようと二人は離れず、永久の時を生きようと誓い合ったのだ。

 その過程での話は語れば長くなるのだが今の彼にとってその時間は何よりも変え難いモノであったのだ。


 そして感情が人としての存在を確立してきたある日、その事件は起きた。


「おいハルネ!急いで身支度を済ませてニーナの家に行くぞ!」

 三人のうちの一人、プルトがやけに騒がしくハルネを急ぐ様駆り立てる。

 最初は相変わらずうるさい奴だと流していたがプルトが次に放つ言葉でハルネの身体もまた信じられないほど早く動く事なる。


「ニーナが……!切り裂きジャックに切られた!」



 プルトとハルネがニーナの家に到着したときにはニーナはこの世界から息を引き取っていた。

 ニーナの横ではその母親が絶え間なく涙を流し、それに釣られてプルトも涙が止まらない有様だった。


 そんな光景をハルネはただじっと見つめている。


 まるで良い夢でも見ているかのように安らかな顔。

 ニーナの名前を呼べばすぐにでも目を覚ましてくれるかのような錯覚すら覚えさせるその顔をただじっと見つめている。

 そして、ハルネはその時、過去にフィードバックした。


「助けなきゃ────」


 ハルネが呟いた言葉にプラトは堪らず質問を投げる。


「助ける!?もうニーナは死んでんだぞ!」


「違うよプラト」

 焦燥しょうそうはらむ言葉を諌めつつハルネはその言葉の真意を語り始めた。


「まだ、心は生きているんだ。不死者の僕だからわかる。死んでも心はその身体に有り続けるんだ」


 何を言っているのかとニーナの母親はハルネを睨みつけるがそんな事は気にもせずハルネはまるで幼き日の狂気を孕んだような笑みを浮かべて言葉を尚も続ける。


「ニーナと僕は永遠を誓い合ったんだ。だからニーナも擬似的な不死者にさせられる筈だから」


 そうしてハルネは動かないニーナの腕を無理矢理掴み、声を高らかと上げる。


「君を、


 ×                    ×


 ハルネはニーナの死体を墓に埋めた後に夜な夜な掘り返しその死体を特製の水が入った容器に入れて保管した。

 そして数十年の年月が経ちようやくその時が訪れた。


「本気でやるんだな」

 電源を完全に入れようとした所でプラトの言葉が背後から響いた。

 しかしハルネはそんな言葉にニーナから視線を逸らさずに答える。


「もちろんだ」


「不死者になる事がニーナにとって幸せとは限らねえんだぞ」


「大丈夫だよ、だって僕らは────」



「永遠を誓い合った仲なんだから」


 数十年、小動物の死体を使っていくつもの実験を積んで来たハルネの心には自身を疑う気持ちは微塵も無かった。

 成功した例は

 それを知っているが故にプラトもハルネを止める事は無かった。


 そうして遂にボタンが押された────直後、部屋に突如轟音が響き渡り、辺りは煙に包まれた。


 

「何が起きた!?おいハルネ!」


 プルトは轟音に尻餅をつき、煙の中佇んでいるハルネに言葉を投げつける。


 しかしハルネから言葉が返ってくる事はなくただその場に立ち尽くしているだけだった。

 足元には轟音により割れた容器から漏れた水が流れ出しハルネの足元に大きな水溜りを形成しつつある。


 そんな事は気にもせずハルネはになったニーナの身体を見つめてゆっくりと言葉を口にした。


「ニーナの心が、何処かに……」


 斯くして、時を超えて無数の人間達を巻き込む運命の歯車が歪に回り始めた。


 そうして、舞台は2021年『すすきの』に移り変わる。


 ×                   ×

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The Rampage 2021 - The Beginning of the Rampage!!! 冬野立冬 @fuyuno_ritto

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