キスの味

@SuperMenchi

第1話 キスの味

神宮寺智じんぐうじさとるはキスをしていた柔らかで今にも相手に取り込まれてしまいそうな甘い唇だった─

 ふと、ジリリリリリリリ…と、けたたましい目覚ましの音がなった。

目覚ましを止め、ふと時間を見る。娘を送り出さなければいけない時間だ。

急いで布団から飛び起き食事の準備をしに一階に行く。

 「準備、よし!」

できた食事をダイニングに並べる、娘は小学5年だ、ほうっておいても一人で起きる。

娘が好きな、黄身の大きな目玉焼き。

箸で掴んだ黄身のぷりんとした目玉焼きが唇に当たる。

ふと、朝のキスの感覚を思い出した。

何故か目の前の窓から庭を見つめた。

二人で楽しそうに追いかけっこをしている、妻、神宮寺香じんぐうじかおりと娘である神宮寺要じんぐうじかなめの姿が見えた。

しかし香と要の体は透けていた。

その時、神宮寺は思い出した…自分の妻と娘は"5年前交通事故で亡くなった"のだと。

目から大粒の涙が、味噌汁に、黄色い黄身の目玉焼きに落ちる。

手で拭ってもとめどなく溢れてくる。

 「あ"あ"…ううぅ…あぅ……」

声にならない声が静かな食卓を蝕んでいく。

 神宮寺は泣き続けた。

柔らかく優麗で、海外のクマのグミのように甘ったるいキスが夢であったことに関して。

毎朝同じ夢を見ては、おなじように泣く。

脳が忘れようとして、毎朝記憶が飛んでいるのだろうか。

 だが、それを忘れるため、神宮寺はガツガツとご飯を搔き込む。少し水気を増した味噌汁を、黄身が塩辛くなった目玉焼きを、いつもより少し甘じょっぱい白米を。

食べ終えた神宮寺は立つ。何も考えず、食器を流しに持っていき洗う。少し曇りがかった空の元、洗濯を外干しする。

テレビを大きめの音量でつけ、特にすることもないのにダイニングでノートパソコンを開く。

 パソコンのパスワードは妻と娘の命日だった、また妻と娘を思い出す。神宮寺は涙がこぼれないように上を向きながら、テレビのバラエティー番組の音だけが響く家の中で妻との思い出を巡っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キスの味 @SuperMenchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る