【Any%】唯一の有資格者
ライトを遮る巨人。
三mの新たに追加されたARは、赤い装甲を纏った明らかなカスタム機だ。
四足のサジタリウス。半人半馬の姿を真似た巨躯は、車を潰す勢いで二名に迫る。
咄嗟にハンドルを右に切って方向を変えようとするも、赤いARは片手に持った長大な槍を投げて防ぐ。
如何に車が大きいとはいえ、横幅という点では槍も決して負けていない。シンプルな構造の機械槍が壁として目の前に立ちはだかり、父は咄嗟の回避も間に合わずに激突してしまった。
瞬間、勢いよく衝撃吸収用のエアバックが作動して二人を包み込む。
急停車に逃し切れなかった衝撃で全身が激痛に塗れるも、それでも無理を押して二人は必死に車から転がり出た。
仰向けに倒れた身体で車体を見ると、運転席より前は見事に潰れている。全速力でぶつかったのだから当然だが、それでも激痛だけで済んだのは奇跡的だ。
「……無茶苦茶過ぎんだろ」
痛みを誤魔化すように文句を口にしつつ、俊樹は車に寄り掛かる形で立ち上がる。
父もまた同様に、反対側で痛みに呻きながらも立ち上がった。その頃にはサジタリウスも目の前にまで迫り、その巨躯を存分に曝け出している。
ARの操縦技術は基本的に思考制御型だ。脳波を読み取り、誤差も無しにその命令を実行する。
その為、人間と同じ構造をしていればしている程に初動は上手くいきやすい。逆に四本足やキャタピラ、ホバーとなると慣れるまでに多くの時間が必要だ。
競技としてのARでもそうだが、戦いは一瞬一秒で状況が変わる。その変化に思考側が付いてこれなくなれば、必然的にフィードバックされる機体も遅れる。
その上で人と違う姿を選んで戦い続けられるのであれば、間違いなく強者だ。
「おいおい……。 こいつが来るのかよ」
「誰が乗ってんのか知ってるのか? 親父」
「肩のマークを見ろ」
見下ろすサジタリウスの肩には盾を貫く槍のマークが入っている。
そのマークはヴァーテックスの物ではない。つまりまったく別であり、そして件のマークそのものを俊樹はテレビで見ていた。
ニュース番組のAR大会の結果発表。常に上位者に連なる者達の中に、そのマークと名前が確かにあったのだ。
チーム名はセント・ランサー。槍系の武装を主に扱う、名家出身のみで構成されたエリートチーム。
まさか、と驚愕に染め上がった俊樹の顔が相手を見やる。
それを証明するように投げた槍を引き抜いたサジタリウスは外部スピーカーを起動させた。
『突然の襲撃に関して、誠に申し訳ございません。 此方としては彼等に全て任せたかったのですが、当主様が万が一にとお考えになられまして。 こうして参戦させていただくことになりました』
出て来た声は男のもの。迷いの無い静かな声は、半ばこの事態を想定していたようにも見受けられる。
父の眉が寄った。犬歯を剥き出しにし、一歩前に出る。
「鳴滝家も一枚噛むってのかよ! そっちには関係がねぇだろ!!」
『関係なら有ります。 ――玲様の御子息は、私にとっても重要な意味を持つのです』
「っけ、片想いの相手の子供だからかッ。 ……いいかッ、お前がこいつを捕まえるってことは地獄に叩き込むってことだ。 お前達のやり方が子供を歪めるんだぞ!」
『そんなことにはなりません。 無事に事が終わり次第、我が鳴滝家と早乙女家が全力で保護します。 西条の好きにはさせません』
必死な父の言葉に対し、相手は決意を滲ませて否を突き付ける。
お前が考えているようなことにはならない。西条が何をしようとも、鳴滝と早乙女の家が全力で俊樹を守り通す。
二人の間には言い分が通っていた。共に話を理解し、解っていないのは俊樹のみ。
しかして、彼とて馬鹿ではない。言葉と言葉を繋げれば、状況をある程度推測することは出来る。
それが正解に届かなくとも、今理解し切れるだけで十分だ。
鳴滝と早乙女。その両家は現日本で有名な、四大名家の内の二つ。どちらもがARの普及に尽力し、更に生産メーカーの有力出資者として名を連ねている。
彼等の子供は例外無く優秀だ。時期当主としての未来もあるが故に、文武両道であることが最低限求められる。一番の資質はARであるが、嘗ての歴史の中にはARに乗れなくとも当主の座に着いた人物が居る。
彼等は家ごとに事業を起こしてはいない。だが仕事をしていないかと問われれば、答えは否だ。
彼等こそ、生産装置の決定権を握る者達。遥か昔の時代から定められた血の持ち主だけが、生産装置で作るべき物を決めることが出来る。
原理不明。模倣不可。移動しか出来ない装置は、故に日本のどんな物よりも貴重極まる。
そんな重大な装置を操れる家々が挙って俊樹を――正確には、彼の母だった桜・怜の子供を求めていた。それこそ予防線を用意してでも。
理由は依然として解らないままだ。けれど、捕まった後に家々で争いが起きる未来が容易く浮かび上がる。
桜・俊樹から全てが始まるのだと、脳裏の何処かで誰かが囁いた気がした。
『此処を切り抜けようとするのは御止めなさい。 私を突破しても、第二第三が控えています。 そして、後に控えている者達は私よりも温厚ではない』
「お前さんだって十分に温厚じゃねぇよ。 本当に助けるつもりなら、そんな肩書ががっつり乗ったARで来るんじゃねぇ! もっと言えば、怜を悲しませる真似をするな!!」
『――黙れ』
刹那、回収した槍が父を捉える。
咄嗟に身を翻したものの、大地を砕く槍の一撃は周辺にまで被害を与えている。直撃は避けたものの、砕けた地面が容赦無く父に襲い掛かった。
咄嗟に親父と俊樹は叫ぶ。ただでさえ激痛が全身を駆け巡っているだろうに、更に追撃を受けては身体が大丈夫だとは思えない。
それはサジタリウスの男も解っている筈だ。解っていて、それでも攻撃してしまう程に先の一言には殺意があった。
『あの方を奪ったお前を私は許すつもりはない。 子供が居なければ、あの方が個人的に私に頼み続けなければ、もっと早い段階でこのような状況になっていただろう』
「っは、……俺は、あいつに、現実ってのを教えただけさ。 あいつが……ただの普通の女として生きていけるようにしたかっただけ、なんだよ」
横に倒れ、擦り傷や青痣を作りながらも、父は顔をサジタリウスから逸らさない。
俺は真実、彼女の為になることをした。あんな家に縛られるのではなく、自由に好きな人生を進んでほしかっただけ。
「お前が俺を許せないのは……てめぇが怜を笑顔にさせられなかっただけだろうが。 なっさけねぇ、それが本当に名家の男か?」
『黙れと言っている!』
堰を切るように出て来る父の言葉。
怒りと失望を混ぜた怜の夫としての叱咤を、サジタリウスはただの激情だけで返してしまった。
槍が動く。人間のように震えた腕が突き刺さった武器を抜き、そのまま大きく振り被った。その先が何処であるのかなど、敢えて言うまでもない。
ARを鍛えた人間程、操縦は常に感覚的なものになりやすい。理論は勿論頭の中に入っているが、どうしてもその場の直感や反射で戦いが進むことがある。
無意識で最善の動きを。
それを多くのパイロットが求められたが為に、サジタリウスは搭乗者の無意識を汲み取って動いてしまった。――それが止まることは、もう無い。
「親父!」
俊樹は叫ぶ。父はサジタリウスを睨む。
一気に振り落とされる槍が俊樹にはやけにゆっくりに見えた。身体は痛みを無視して賭け出し、眦からは雫が徐々に流れ出る。
失うというのか。また、ARによって。
刻まれるというのか。また、親の死の瞬間を。
フラッシュバックする過去。状況がまったく異なるというのに、親達が居るであろう箇所だけはぴったりと重なり合った。
それが死を想起させられて――――しかし同時に、諦めるなんて絶対に思いたくはなかった。
シナサナイ。
タスケル。
アンタガココデシヌワケガナインダ。
ダカラ、だから、DAKARA――――終わりなど、断じて認めるものか。
『CODE承認。 久し振り、
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