【三点】アサルト・ロボッツ
大学は夕暮れ時まで続いた。
休憩時間の合間に仲の良い者が話しかけはすれど、その日は食堂以外で好青年が話しかけてくることは無かった。
されど、俊樹の脳裏には否応なしに過去の記憶が過る。
燃える炎。消火に動くロボット。声を張り上げる救護隊に、それらを無言で見守るしかなかった父と自分。
母が助かることは無かった。機械の中に閉じ込められた彼の片親は、脱出すらも出来ずに燃える世界で炭と化したのだ。
覚えているのは、遠目に見える母の炭化した姿。比較的速い段階で消火をしたというのに、彼女の肉体は辛うじて人の姿をしているだけだった。
まるで化け物。まるで異形。そんな姿に変わり果てた母を見て、けれど当時の俊樹は理解するのに時間を要した。
年齢にして五歳。まだまだ死を理解するには幼く、本来であれば覚えていない記憶の方が多い年齢だ。
彼がこの出来事を未だ強く覚えているのは、それだけ強烈的なものだったから。
あの事故を彼は悪夢が見る程に覚えている。本当は思い出したくもないのに、記憶の何処かが忘れることを許さぬとばかりに見せるのだ。
周囲の宣伝映像もあるだろう。彼の母が競技者として参加する競技は、今や世界全土で有名になったモノである。
「アサルト・ロボッツ……」
帰り道で俊樹は忌々し気に呟いた。
全国で流行っている一大スポーツ。搭乗型の最大三mのロボットを用い、個人か団体で戦う迫力溢れる競技だ。
今の時代、ロボットは至る所に存在している。在り来たりな場所で言えば工場や受付であるが、それ以外にも業務上危険な場所での作業員やイベントスタッフにもロボットが採用されている。
彼等を作っている会社は多く、しかし多くのシェアを獲得しているのは四社に絞られていた。
この四社は基本的にテクノロジーを売りにしていて、販売している物が買われなければ当然次を作ることは出来ない。
故に宣伝も欠かさず行い、中でもアサルト・ロボッツは特に良い材料になっている。
「あー、もう。 忘れたいってのによ……」
子供から大人までのめり込むスポーツというのは少ない。
子供だから盛り上がるもの、大人だから盛り上がるもの。基本的に娯楽とは年代を絞られやすく、こうして全ての層を巻き込めるスポーツは理想的だ。
嘗ては野球があった。サッカーがあった。バスケがあって、テニスがあった。
しかしそれらは、もう古臭いものとして認識されている。より刺激的なものが台頭し、殆どの勢力を駆逐してしまったのだ。
数百年前の情報はもう僅かな記録媒体にしか残されていない。そして、そういった古い記録は政府が貴重な情報であるとして常に保管している。
一般人は政府が努力して移した映像を見ることが出来るが、嘗ての全てを知ることなどは最早不可能。遥か昔にはオカルトが娯楽とされていたと聞くが、俊樹の世代ではオカルトの意味そのものを知らない者が多い。
「母さん……なんでそっちの道に行っちまったんだよ」
何時も何時も、俊樹は死んだ母に疑問をぶつけている。
アサルト・ロボッツは危険な競技でもあった。機体と分離する形で搭載された卵型のコックピットにはあらゆる武器を通さぬエネルギーバリアが展開されている。
搭乗中はパイロットにあらゆるダメージが行かない措置が施され、死んだ例はあまりにも少ない。
勝利条件はエネルギーゼロのみ。なるべくコックピットに攻撃を集中させて全エネルギーを奪い去れば、その時点で勝利だ。
だが、コックピットを攻撃する関係で焦るあまり過剰に攻撃する例があった。
それが事故に繋がり、毎年怪我人が出てしまっている。本来であればそれを理由にアサルト・ロボッツは廃れるものだが、不自然なまでに現在まで継続されていた。
悪者を定め、追いやり、そして形ばかりの謝罪で終わらせる。
被害を受けた者もこれが技術的問題か相手選手が悪いのであればアサルト・ロボッツそのものを責めることは難しい。
何より、本人は自分からそこに飛び込むと決めているのだ。危険を承知で飛び込んだのであれば、競技自体に文句を口にするのは不可能に近い。
そんな世界に母は居た。あまりにもおかしい状況になっている界隈に、彼女は父と一緒に飛び込んだ。
父は何も答えてはくれず、常に母については謝罪ばかり。そんなことを聞きたいのではないのに、それでも父は母の過去を教えてくれない。
何かを隠しているのは自明だった。
けれど、それを探し出す術が俊樹には無い。同時に、全てを知った自分が母をまだ愛せるのかが解らなかった。
きっと知らないままの方が良いのだろう。アサルト・ロボッツについて深入りせず、何もせぬまま凡百の将来を追えば問題は起きない。
「――うん?」
そうして幾度目となる強引な納得をしていると、腰ポケットに入れたままの携帯端末が起動した。
着信か、あるいはメールか。俊樹の連絡先を知っている人間は何人か思い浮かぶが、今回は父からのメールだった。
内容は零時まで家を空けるというもの。父は遅くとも二十一時までには帰宅するので、零時まで帰ってこないのは珍しい。
そこにちょっとした不思議さを抱きつつも、彼は何も考えずに了解とだけ送った。
今日の晩御飯は一人だけか。そう思い、そのまま電車へと足は動く。
揺れない電車で運ばれ、地方の駅にまで付いた俊樹はスーパーに寄り、二人分の野菜や肉を買って家に帰った。
別に父の分まで御飯を用意する必要は無い。それは解っていたが、何となく作っておくかと考えてしまったのだ。
父が何処かで飯を食ってきたと言ったら明日の朝食にすれば良い。どうせ明日の学校があるのだから、朝食を作る手間も省けるといったものだろう。
冷蔵庫を開けると、やはりというべきか食材が無い。調味料は幾つか見受けられるも、父は今日使う分しか用意していないのだ。
「ほんと、これで急に客なんか来たらどうするのかね」
基本的に客など来ないが、万が一ということが有り得る。
そのもしもが考えられないあたり、父は何処か抜けていると溜息を零した。普段は明らかなヤクザっぽさがありながらも、意外に天然な部分もあるのだ。
もしや母はそのギャップにやられたのかもしれない。そうだとしたら、結婚前の母は存外愉快な性格をしていた可能性がある。
食材を冷蔵庫に入れながら俊樹はそんな得にもならない思考をしていた。
材料を仕舞い、服を着替えて風呂に入れば世界は何時の間にか夜になっている。未だ夏ではないが、夏に近い季節に十九時に陽が落ちるのは珍しい。
地球の公転速度が若干不規則になったと言われたのは何時だったろうか。
それは人類に大きな影響を齎さなかったが、俊樹には大して興味も無い話題だ。専門的な知識はあればあるだけ身を助けるのだろうと思いつつ、しかしてそれを学ぼうとまでは至らない。
ふらふらとした人生だと言われれば、俊樹はその通りだと肯定する。
何の目標も無い人生だと言われれば、やはり俊樹はそうだと首肯する。
彼の心には熱が無かった。強いて言えば莫大な拒絶心だが、これを熱のある感情だと定義するのは少々難しい。
適当に肉野菜炒めを二人分作り、御飯を炊き、そして一人でテレビを見ながら晩御飯を食べる。
普段なら父と子の会話がある食卓に、今は何も無かった。騒々しいバラエティの声だけが室内を満たし、そこに物足りなさを感じてしまう。
父は物を投げ付けるような人間で、やることなすこと全部適当で、しかし確りと愛情を持つ親だった。
俊樹は一度だって彼を嫌ったことはない。大人として尊敬できるかどうかと聞かれると首を傾げるが、自分の親が彼であったことを心底良いと思っている。
「んー、メモパッドは何処置いたっけかなぁ……」
白い皿に乗った肉野菜炒めをラップで包んで冷蔵庫に仕舞い、暫くリビングを漁ってまったく関係の無い場所に放置してあったメモパッドに料理についてを書き込んでおく。
零時となれば俊樹は寝ている時間だ。もしかすれば父もそのまま寝室に直行するかもしれないが、その時は問答無用で俊樹は自分の朝飯にする。
机の上にメモパッドを置き、何の趣味も無い俊樹は夜の二十一時の段階で敷かれたままの布団に身を沈めたのだった。
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