第8話 僕は策略で勝っても人間としては負けたのだ。
次に私が目を覚ましたのは、見知らぬ羽根布団の中だった。カーテンが閉めてあるが、もう、外は暗いようだ。
「目が覚めた?あなたったら、急に倒れるんですもの、びっくりしたわ。」
ランプの灯で本を読んでいたらしい珠子様が、本をそっと伏せると、
「何か、、眠れないほどのことがあった?」
「あ、、お葬式は終わったの?、、、、」
「ああ、終わったよ、、もともと身内の人もいない子だしね、、
クリスマスの時に見に来てた夫婦に、養子に欲しいって話が来たばっかりだったんだけどね、、なんだか、、、ほんとに、、、」
「・・・・・」
「、、、小坂君も参っていたよ、、、仲良くしてたから、、、会ったら、励ましてあげな。」
「・・・・・」
「あ、お家のほうには私から、積もる話があって今日はお泊りしますね、って言っておいたから、ゆっくりしてって。もう少し寝る?」
倒れる前の小坂君の後姿を、ふっと思い出す。小坂君は聞いているのだろうか?
私と夏木君が、、、、
私は珠ちゃんにしがみついて泣いた。
「どうした?」
「一昨日、教会でお裁縫教えてから、帰った、家に」
「うん。」
「お母様が正座して待ってて、ここに座んなさい、って。」
「うん。」
「おめでとうございます。って、、、ようやく彼が正式に求婚してきましたよ、って」
「うん。」
「母は、学校を卒業したら、って考えてたけど、すぐにでも、、、嫁に欲しい、って。」
「うん。」
「あなたの気持ちは叔母様宅で確認しておいたので、お受けしましたよ、って」
「うん。おめでとう。」
「夏木君の、、、」
「ん?」
「夏木君の求婚、、、」
「・・・・・」
「・・・・・でも、今日、解ったの、私。」
「ん?」
「・・・生きてさえいれば、、何とかなるわ。」
「ん」
「・・・なんとか、、、するわ。」
「満ちゃん!」
「珠ちゃん!」
私は珠ちゃんにしがみついてわんわん泣いた。これで最後だ、あとは、泣いている場合じゃないんだ、と、泣きながら決心した。このままじゃ、本編通りの筋書きになってしまう。
「小坂君がね、倒れたあなたを私の車まで抱き上げて運んでくれたんだけど、、、、
ドアを閉めてから見てたんだけど、、自分の手をみてたわ、じっと。」
「・・・・・」
知っているのかもしれない、、、どちらにせよ、急がないと!
「とりあえず!ご飯を食べなさい!そこからよ!」
珠ちゃんがサンドウィッチを運んできてくれた。パンだ!おお!ぱん!
何年も会っていなかった友人に会った気分!泣いてる場合じゃない。食べよう!
もしゃもしゃとサンドウィッチをほおばっていると、珠子様のお父様が顔を出した。
声が出せないほど詰め込んだので、ぺこりと頭を下げる。にっこり笑っている。
「お客様は元気になったようだね、、珠子、ちょっといいかい。」
「はい、お父様。ご心配おかけしました。」
部屋の外にそっと出て、何やら話し込んでいる。珠子様もお忙しいだろうに、申し訳ないことをした、、と、思いながらも食べ続けた。
「・・・例の件だけどね、先方は了解とれたよ。推薦も申し分ない、、、いつでもどうぞ、ってことだった。いつにするか彼に確認・・・・」
「・・・状況が変わって、、今すぐにでも、って希望なのよ、、、、」
「そう、、急だね、、、」
「ああ、あれが、、、、」
難しい話なのかな?ビジネスの話かな?紅茶を飲んで、サンドウィッチを流し込む。
美味しい!ああ、美味しいなんて!なんてすてきなんだろう!また、泣きそう。
こんな時でも、お腹はすくんだなあ、、、ああ、また泣きそう。
「ごめんなさいね、ちょっと、急ぎの話だったものだから。」
「いえ、こちらこそ、、お忙しい時に、ごめんなさいね。ご飯食べたら、落ち着いたわ。」
「ふふっ、あなたって面白いわね。」
「たまちゃん・・・今日は何曜日?」
「?・・月曜よ。」
月曜日か、、、、土曜日まで4日しかないな。
「珠ちゃん、どこに行っても必ず手紙書くね。」
「・・・うん。」
「いつまでも友達でいてね。」
「・・・うん。」
私は珠ちゃんの手を握りしめながら、、、寝てしまった。
遠くで、珠ちゃんの声を聴いた気がする、、、
「・・・ good luck!」
火曜日、縫いかけの洋服を急ピッチで仕上げる。
水曜日、お習い事に行くふりをして、風呂敷包みを教会に運び込む。
木曜日、自室の大掃除をする。いらないものは雑巾にして教会に寄付する。あとはきちんと片づける。不自然に見えないように、、、
金曜日、上野駅に出掛ける。
ここで、私は自分がお金がないことに気が付く。なんてこった!とんだお嬢様生活が板についていたか!小遣いをためたのは、この前浮かれてデパートで使ってしまった。・・・珠ちゃんに借りる?いやいや、、、
自分でどうにかしなくちゃ。お母様、ごめんなさい!お母様が夏木君の下宿代をしまってある場所を私は知っています。ホントにごめんなさい。
土曜日、なるべく怪しまれないように、普段通りに過ごそうと決めていた。今日、今日を逃すと、小坂君は逝ってしまう。
ここのところ、小坂君に思い切り避けられている。話す機会がない。
でも、今日、今日は必ず!
朝ごはんに小坂君は現れなかった。夏木君が、用事があって朝早く出掛けたのだとお母様に話している。どこに?今日に限って!
平常心、、、平常心、、、と唱える。事を急いては、、、
夕方でも間に合う。
夏木君は学校に出掛けた。母親がなかなか今日に限って出かけてくれない。
なんなんだ!このところ、私が家にいると母もいる。着物の新調の話とかしてる場合か!
降り出した雨が、大雨になってきた。山は雪なのかな。結構寒い。
夕方になってようやく、母親がしぶしぶ買い物に出かけた。大雨だと、魚屋さんが来ない。今だ!
お母様ごめんなさい!お母様のタンスの2番目の引き出しの帯の下!お金借ります!そっと、急いで引き出しを開けると、見慣れた茶封筒。中は、、、1円しかなかった。1円。いや、大金だよ、現代で2万円くらい、、、
でも、、1円、、、
がらがら、っと玄関が開く音がしたので、思わずたもとに1円札をしまう。小坂君?
走って玄関へ向かうと、、、傘をたたむ夏木君だった、、、小坂君は?
「お、、おかえりなさい、、、小坂君はご一緒ではないの?」
走って出迎えたのが嬉しかったらしい。にっこり笑っている。
「ああ、ただいま帰りました。小坂は用事があって、今日は帰らないと言っていたよ。」
どういうことだ!小坂君?どこに?出かけるって、、
私は小坂君の部屋を開けた。
布団がきちんとたたんである。いつもごちゃごちゃと本で埋まっている机が、きれいに片付いて、、、何もない、、、頭が真っ白になる。
「、、、奥さんがねえ、、君の着物を新調したいって言っていて、、、、」
なに?どういうこと?押し入れを開ける。本がきちんと荷造りひもでまとめられている、、、あとは、、、何もない、、、
「それでねえ、まあ、結納金というほどじゃないけど、、、、」
雨音が大きくなった。ああ!間に合わないの?
「、、、これをねえ、、、お母様に、、、」
こうしてはいられない。
「わ、わたし、ちょっと、、用事を思い出して、、、」
まだしゃべっている夏木君を振り切って、外に出る。出がけに夏木君が私の手をつかんで、満面の笑みで何かを握らされた。そんなことしてる場合じゃないのに!
草履を履くのももどかしく、家を飛び出す。
「あ、お友達?これから?、、雨だよ!傘がいるよ!」
夏木君が何か叫んでいる。ああ、どうしよう!どうしよう!どうしよう、、、
途中、濡れた草履が邪魔になって脱ぎ捨てた。雨でぬれた髪が邪魔だ。ああ!
私は教会に向かった。他に小坂君が居る場所を思いつかなかった。
英語教室のドアを開けると、みんな驚いた顔で私を見る。ひどい恰好なんだろう。かまってはいられない。でも、探している姿は見つからない。息が、、苦しい。
「チャペルにいますよ。」
テキストを広げたままで、神父様がそう告げる。優しい笑顔だ。
もう、雨なのか涙なのかわからない。
教会の重い扉を開けると、薄暗い中に、燭台の明かりがぼんやりと見える。
椅子に座って、うずくまる人がいる、、、小坂君?小坂君?小坂君!
間に合った!
*****
僕はお嬢さんと結婚することになったと、まだKに言えずにいた。
どうするか?何と言うべきか?いやいや、このままでいいか、、、
そんなことをずっと考えていた。
とりあえず、明日にしよう、と決心したのは土曜の晩でした。
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