FOMO(Fear Of Missing Out) フォーモ

大神 煌

第1話 ガッキーショック

その日は「ガッキーショック」として日本国中で記憶される日となった。


 令和3年5月19日のことだ。


 この日、ガッキーこと女優の新垣結衣と俳優で歌手である星野源が

結婚をすることを発表した。

新垣と星野は、平成の世の中になっては珍しい

最高視聴率33.1%を記録した人気地上波民放ドラマ

逃げるは恥だが役に立つ」

通称「逃げ恥」でカップル役を演じた二人がまさかの結婚を

この令和3年の日に発表したからだ。

 

令和3年に53歳になる中野賢治は

その日の午後11時ころからスマホの画面に喰らいついていた。


「しゃれにならん。なん、このナイアガラ!」


賢治はなけなしの貯金をはたいて、

ビットコインやイーサリアムといった仮想通貨に投資をしていた。

その仮想通貨のチャート(現在価格)が、

まるでナイアガラの滝から川の水が直滑降に落ちていく様に

急降下しているのだ!

 今までどれだけ浪費してきていたんだろうか

 

 これまでの猜疑心の強い賢治が仮想通貨に投資するなんて、

ありえないことだった。

その賢治がどうしてよりによって投機性が高い仮想通貨に投資することにしたのか?

答えは簡単だ。

答えはただ一つ。


本人が思っているようには、会社内で出世が出来ていないからだ。


 賢治はいつも自身を自画自賛をしていて客観的に自分を評価できていない。


「これはマジにやばいて。早めに逃げんとかないかんちゃない。」


 令和の時代になったとたんに色々と世の中は分断化が始まった。

アメリカではトランプがアメリカ国内外問わず社会の分断化を煽り、

日本国内でも上級国民と呼ばれる当時87歳の元官僚が、

東池袋の交差点で自転車にのって信号待ちをしていた何の罪もない

31歳の主婦と3歳の女の子の親子に、運転していたプリウスで突っ込み

即死させたにも拘らず、

司法界がこの上級国民に便宜を図り、一向に逮捕しないことに世論が爆発した。


  <どこか変だぞ!ヤバい ヤバい こんな世の中一刻も早く逃げ出さないと>


世の中がそんな風潮のときに、新型コロナウイルスのパンデミックが

全世界を襲った。


 その事態がトリガーとなって

令和3年3月、株も仮想通貨も大暴落

 

 だが、この大暴落はある意味投資の絶好のチャンス。

先見の明がある世界中の投資家達は、

コロナによる経済的な影響を回避するために

世界各国の政府が金融市場に流れ込ませた緩和マネーの大波に乗るために

底値買いを東日本大震災の津波のように押し進めた。

その結果、未曾有のパンデミックで傷んでいた金融市場は

一気に息を吹き返した。


 賢治は常に自分のことを過大評価位している。


「なんで俺が後輩の下で働かなきゃいけない?

自分では、

「大きな契約をいつも決めてきているいわゆるホームランバッターやんか!

そんな俺を正当に評価しないこの会社はなんなん!

ここにもキャリア入社という上級国民が巣食ってるんじゃないんか!」


 これが賢治のいつもの考え方。


「俺は何と言っても冥王大学卒業、

なんで九州や山口の地方大学のやつらに先をこされるんや!

この会社にはもう未来はないね。

だいたいテレビっていうメディアがもう終わっとるし。

いまやマスゴミって呼ばれて嫌われもんやしね。

しかも福岡の地方局とか番組制作能力ないし、

やればやるほど貴重な視聴者に刺さらない番組を作るし。

保ってあと数年の命やろ!」

と、賢治はいつも悪態をついている。


 ほとんど負け犬の遠吠えだ。


そんな鬱憤が溜まった状態の賢治が目をつけたのが仮想通貨だった。

特に数年前に仮想通貨について書いた本を読んで少しばかりの知識を持っていた

イーサリアムに一番関心があった。

ここにも賢治の性格がよく出ている。

仮想通貨業界で最も人気のあるビットコインには見向きもしない。

イーサリアム開発者のヴィタリック・ブテリンの天才性に共鳴し、

このヴィタリックを見つけた俺も天才だと思っているのだ。


 たまたま本屋で見つけた本に書いてあった知識の受け売りなのに

 他人の成果を自分の成果と同一視し、全能の神のように思い込む


 そして、パンデミックで緊急事態宣言発令中の令和3年の正月休みに、

賢治は仮想通貨の世界に初参戦した。

 1300万円は下らない年収を貰っているにしては、

驚くほど少ないなけなしの蓄えの60万円をイーサリアムに

突っ込んでみることにした。


 人生一発逆転を狙って!

 

 仮想通貨を購入するときは、

まず仮想通貨取引所に自分の口座開設を行う必要がある。

色々と面倒な作業が発生することを知った賢治は、

すぐにこういった作業が得意な妻の由紀子に口座開設を頼んだ。


 面倒なことはすぐに人任せにするところがある

 

 どの仮想通貨を買うかを選んだら、

そのコインをレバレッジで購入するか現物で購入するかを決めないといけない。

 レバレッジ取引とは、開設した口座に預けた証拠金を担保にすることで

証拠金の2倍や4倍などの金額を取引できる取引方法のことで、

少ない資金で効率よく仮想通貨を取引できる反面、

相場が急落した際は証拠金で掛けた金額(建玉)の2倍4倍の損失が発生し、

かつレバレッジ取引ということは取引所に

証拠金の2倍または4倍の資金を借りている状態なので

1日おきにその金額に手数料が発生している。

 レバレッジ取引に反して現物取引は、建玉相当の仮想通貨しか買えないので、

その時々の相場に即した利益も発生しないし損失も発生しないので

レバレッジほど投機性は高くない。


 賢治は迷うことなくレバレッジ取引を選んだ。

 彼は、

 基本的に極度の心配性だが、時々超無謀なことをする傾向がある


「絶対やめといたほうがいいんじゃない?

相場が急落したときには追い証?てお金を請求されるらしいよ!」

と由紀子が自制を促した。

「この相場見てん。

絶対これからもどんどん上がるからレバ(レバレッジ取引)にしとくべき!

ビットコインと違ってイーサは

これから主流になる分散型金融の根幹になるシステムのコインなんだから」

と賢治は聞く耳をもたない。


 結果令和3年1月中旬に1ETH(イーサ)118,000円ほどで4ETHを購入し、

あとの残りの証拠金でビットコインを0,03BTC(ビットコイン)ほど購入した。


 この投資は、4ヶ月で150万円もの値上がりを記録する投資案件になっていた。

ガッキーショックがくるまでは


イーロン・マスクのテスラ社が

令和3年の2月8日に1600億円分のビットコインを購入、

以前からビットコイン信奉者が経営するマイクロストラテジー社が

より一層ビットコインを買い増す、

世界的な決済会社のペイパルやビザ、マスターカードなどが

ビットコインを初めとする仮想通貨で決済を許可する、

電気自動車で世界的に一番人気のテスラのEVをビットコインで購入可能にするなど仮想通貨業界にとってプラスの要因が続くことで、

仮想通貨全体的にうなぎ登りなチャートになった。


 その結果、イーサの価格も急上昇し

令和3年5月11日に1ETH473,413円の最高値をつけた。


それからたったの1週間後のガッキーショックの日に

イーサは30%以上の下げ幅を記録してしまったのだ。「

逃げ恥」の最高視聴率と同じくらいの数字で暴落してしまったのは

何とも皮肉な結果だった。


 賢治をはじめとした日本国内の仮想通貨業界の有象無象の輩達は、

この日ほどガッキーの夫となる星野源を憎んだことはなかっただろう。


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