暴走を止める
辺境伯の娘は構える。お互いオーソドックスな正眼の構えだ。
「それでは、はじめ!」
メイドさんが開始の声をかける。周囲は騎士団の連中で囲まれて、どっちが勝つのか予想していた。娘人気が高いようだ。僕は動かずに静止している。先に動いたのは彼女のほうで、それを大げさに躱す。振り返り、お互い構え直す。なんか、指を粉砕しそうな気がする。どうしようかと考えながら、数合打ち合う。
「ソードスラッシュ」
スラッシュの軌道に合わせて剣を振るい、相殺する。タイミングがずれると消せない。
「は!?」
「なんだ」
「ウソだろう」
「何が起こった」
唖然としている相手に動いて振り下ろして刃を当てる。シルヴリンの手から剣がすり抜けた。そのまま剣を鎧に当てて、地面に倒すと顔にめがけて突きをしようとする。
「勝負あり」
剣を持ったまま、さやを拾って納めるとメイドさんに返す。我に返ったシルヴリンが立ち上がり、気勢を上げる。力を示したのになぜに、相手をしなければならないのか?負けを認められないなくて、もう一度挑む。あがくのならばせめて修練をつんできてくれ。ソルのようなわからない人は嫌いだ。
「勝負は勝ちましたので、これで失礼します」
辺境伯にそう宣言する。
「うあああぁぁぁぁぁ」
ソードスラッシュを連発しながら突っ込んでくる。顔を真っ赤にして、怒っている。剣も何も持っていない、避けるしかない。剣の軌道から予測して避ける。
「やめんか、スキルを使うな!シルヴリン!!」
辺境伯が怒声をあげるが、動きを止めない。剣の射程範囲に入り、気合いを入れ直す。怒りにませて大ぶりではあるが、日頃の修練のおかげかある程度形になっている。大ぶりの軌道の剣に合わせて刀身の平たい場所を掌底で叩く。崩れた体制を見逃すわけもなく、持ち手にけりを入れて剣を引き剥がす。その顔面に全力で拳をめり込ませる。倒れ込んだシルヴリンは鼻血を出していた。
「いい加減にしろ。たいした修練も技術もスキルもないのに勝てると思うな。思い上がるな。負けも認められないのか?人に止められるぐらい修練したのか?どれだけ痛い思いをしながら、必死に修練に食らいついて、そんなことしたこともないだろう。すぐ立ち上がってかかってこれないのが証拠だ。子どもだと思って、冒険者ギルドもお前らも同じだ。実力差もわからないのに2度と関わるな」
空中へと上がると方向を変えて、森の上を全力で飛んでいく。真っ直ぐに飛んでいく、村の近くまで飛ばして帰る。あまり早く帰って大丈夫だろうか?どこかで1泊しよう。土の魔法で寝るだけのところを作って、今日は動かなくてもいいからのんびりしておこう。興奮しすぎた。腹立つことが重なった。服はボロボロだし、血は止まっているか。服の予備はないから領主街に買いに行こう。疲れた。森を抜けるのが大変だった。魔力操作に神経が削られる。その上に、体が木に当たらないように避けるのが大変だった。リュックを降ろして、横になる。冷たい土が体温を奪う。服もボロボロだし毛皮をしいておく。
翌朝、泊まったところを元に戻して、それから村へと歩いて帰っていく。疲れは抜けて問題はない。体の調子は悪くない。昼ぐらいには村について、雑貨屋で干し肉を買う。
「い、生きておったんか?」
「死んでないね。服がボロボロだから街まで買いに行ってくるね。ちょっと長くなるかも」
「ああ」
呆然と返事をするので、そのまま干し肉をかじりながら村を横切って道を進んでいく。服としてはとりあえず着ているだけだ。穴が空いていて中が見えている、風通しは凄くいいから夜は寒いよ。早く行こうと早足で村から出て行く。今回は加速禁止で行かないと。高ぶった気持ちを落ち着けるためにゆっくり行こう。
時間をかけて領主街に到着。冒険者ギルドの売店、エッジさんに服がないか聞いてみた。子供用はないというが、少しぶかぶかのヤツがあるというので高いけど買う。朝の依頼ラッシュで受付が立て込んでいる。まだ疲れた様子のヘルセさんがふらりと現れる。忙しいのかなと思う。目が合うと手招きされるので近づいていく。よどんだ空気を感じる。
「どうしたの?」
「早くローポーションを作って。多少高くても買うから」
ワイバーン退治に行く前、ローポーションを飲んで元気になっていたと思ったんだけど。何か毒でも飲んでいるのではないのか?都合のいい薬になっていくのはなぜだ?頭の中に疑問が浮かんでいく。
「いくつか質問してもいい?ずっと疲れているの?疲れを意識し始めたのはいつから?」
「ソルとランス君がゴタゴタしてるときかな?そのぐらいにきつくなってきて、昔使っていた強壮薬を飲み始めて元気になっ」
「それ今持ってる?」
「あるわよ?」
ひとつもらう。見た感じは何が練り込まれているかわからない茶黒い玉だ。何が入っているんだろうか?食べてはいけないと感じる。
「鑑定できる人は?」
「強壮薬を鑑定?」
「念のため。これじゃなかったら1日食べているものや使っている薬、全部洗いざらい教えてもらうけど?」
「階段の横に鑑定師がいるわ」
受付とクエストボードの間から入っていくと右に階段、謎の受付、解体場の出入り口。あの謎の受付か。
「すいません、これ鑑定してもらえますか?」
「泥団子じゃないだろうな?料金は銀貨1枚だ」
「ギルドカードで」
冒険者ギルドのカードを差し出して、泥団子に見えなくもない茶色い玉を見てもらう。鑑定は人前では使わないようにね。スキルだから。
「強壮剤が劣化して弱毒になっている玉だな。強壮薬としてはもう使えん」
「なるほど、ありがとう」
カードを返してもらって、ヘルセさんの手を引く。
「なになに?どこに行くのよ」
「エッジさんのとこ。解毒のポーションがいるからね」
「解毒?毒なんて飲んでないわよ?」
「鑑定してもらったら劣化して弱毒を持っているんだって。この玉の効果は弱毒だから、疲れるというより毒に犯されているということだね。死ぬ前でよかったよ」
エッジさんのところまで連れてくる。
「ギルド長とランスか。こいつは若すぎませんか?」
「薬師としてギルド長の面倒を見ているの。解毒のポーションちょうだい。ウソだと思って飲んで。治ったらその薬は捨てて、新しく薬師ギルドで作ってもらって」
エッジさんからポーションをもらうとそのままヘルセさんに渡す。ためらいながら飲んでいく。化粧の下からわかるほどのクマが消える。毒のせいだったんだ、目の下のクマ。
「なんか体が軽い気がする」
「これで大丈夫だね。持っている古い薬は捨てること。ポーション瓶に劣化防止用の魔方陣があるからいいけど、普通の薬は効果が下がったり、変わったりするから気をつけてね。使う前に鑑定できたら一番間違いなんだけどね」
「あれ?でもランス君のローポーションを飲んだときも楽になったけど、解毒作用でもあるの?」
「さあ?デールさんが鑑定していたからそっちに聞いて。僕じゃわからないよ。ローポーションを作れるだけだから」
「そうだ、子爵様からの褒賞が届いているわよ。早馬でついたわ、ついてきて」
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