あたいとラヴとミステリーサークル

Jack Torrance

第1話 それでも愛してる、ラヴ

あたいは3歳の頃からラブラドール レトリバーを飼っている。名前はラヴ。パパとママがあたいの3歳の誕生日にプレゼントしてくれた。散歩に連れて行くとよくおじさんやおばさんに「お嬢ちゃん、可愛いワンちゃんね。名前は何て言うの?」とよく聞かれた。あたいは自慢気に言っていた。「ラヴ」ボール遊びやフリスビー、水遊び。あたいとラヴは毎日、泥んこになるまで楽しく遊んで毎日無邪気に過ごしていた。やんちゃなラヴをあたいは文字通り愛していた。あれが出来るまでは…それは、あたいが9歳、ラヴが6歳の時だった。前日までは何も変わった様子は無かったのに朝起きてラヴを見たらラヴの耳と耳の間に25セント硬貨を一回り大きくしたような真ん丸な円形脱毛が出来ていたのだ。漆黒の毛並みで見栄えもバッチリだったラヴの頭部に地肌がくっきりと見える真ん丸な円形脱毛が出来て見た目もちょっとみたいな感じに…あたいは思った。これは宇宙人の仕業だと。火星人だか土星人だか冥王星人だか知らないけど、これはあの広大な宇宙からやって来た蛮人の仕業に違いない。それが出来た日からラヴの蛮行は始まり普段のラヴではなくなった。あたいが投げたボールやフリスビーをハアハアと舌を垂らしながら無邪気に追いかけていたラヴがそれに見向きもしないで立ち尽くし傍観している。「ほら、ラヴ、取っておいで」あたいを無視するラヴ。御飯の時も「待て、お座り、どうぞ」とちゃんとお行儀良く仕付けを守っていたのにそれも一切お構いなしになった。涎を垂らしながらガツガツと食い漁るラヴ。口臭もおかしくなった。ペパーミントの香りとまでは言わないが臭くなかったラヴの口臭がおばあちゃんのお口の臭いになってしまった。あれだけ水遊びが好きだったラヴが水を恐れるようになった。風呂にも一切入らなくなった。ルンペンのおじさんの臭いがした。あたいの皮膚にはボツボツと赤い湿疹が出来だした。きっと、ラヴに寄生したノミのせいだ。あたいは猿にラヴの毛繕いをさせようとパパとママに懇願した。「ねえ、パパー、猿買ってえ」パパが言った。「うちはラヴ一頭でもう手一杯です。それに犬猿の仲って言うからね。飼っても上手くいきっこないよ」そんな経緯であたいがラヴの毛繕いをする羽目になった。散歩の時も排尿は電信柱や草むらでしていたのにラヴはあたいのスニーカーに後ろ足の片方を上げて引っ掛けるようになった。お陰でおじいちゃんに8歳の時の誕生日に買って貰ったお気に入りのヴァンズの真っ白なスニーカーは日に日に黄ばんでいきツンと鼻を突く嫌な臭いがした。この前、おじいちゃんと会った時に「おや、色違いのスニーカーを買ったのかい?」って聞かれた。あたいはおじいちゃんと目線を合わさず下向き加減で「うん」とだけ答えた。雌犬を見かけたらお尻をクンクンして所構わず交尾を始めた。死に物狂いで腰を振るラヴ。あたいのお尻もクンクンして来てペロペロ仕出した。あたいは何だか不思議な感覚がした。この前、夜中にトイレに行った時の事だった。ラヴがバリバリとゴキブリを貪るように食べていた。その光景は『メン イン ブラック』に出てくるエイリアンのようだった。あたいはウィル スミスとトミー リー ジョーンズに電話しようかとさえ思った。あたいは朝起きてママに言った。「ママ、あたい、もうラヴを飼いたくない」ママはあたいを叱った。「命は大切にするものよ。ラヴが天寿を全うする日までちゃんと責任持って面倒見てあげなさい」あたいの陰気で憂鬱な日々は続いた。全てはラヴにあれが出来たあの日を境に…それから8年。ラヴが天寿を全うするまであたいのスニーカーとジーンズとソックスは無数に天に召された。家中が臭いラヴのフレグランスに占領された。皮膚科に莫大な治療費を注ぎ込んだ。ラヴがいて家に齎した事はゴキブリ駆除くらいだ。ある日、ラヴのうんちを見たら未消化のゴキブリの足が混じっていた。身の毛がよだった。そして、ある日の未明にラヴは天に旅立っていた。あたいは何だかんだ言っててもクレイジーなラヴを愛していたんだとその時感じた。スポティファイでヴァン モリソンの“クレイジー ラヴ”を聴いた。涙がポロリと零れた。一頻り泣いた後にあたいは義務を全うしたという自負と開放感に包まれ晴れやかな笑顔で鏡を見た。あれ?あれれれれ?????や、奴らがやって来た。背筋を駆ける恐怖の戦慄。あたいの頭頂部に25セント硬貨を一回り大きくしたあれが…

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あたいとラヴとミステリーサークル Jack Torrance @John-D

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