第27話

帰ってくる。ついにティアとキャーロットが。

現在時刻は昼。図書館で引き続き伝承やら伝説やらを読み漁っていると校内アナウンスでBダンジョンから帰ってくるという内容が流れた。


「それじゃあティアとキャーロットを見に広場行ってくる。」

「行ってらっしゃい。私は三時くらいになるまではここに居るわ。」

「分かった。」


一緒に居たマホを図書館に残して広場へと向かった。


先生からの伝言を聞いて広場で待っているとBダンジョンへ行った各々のメンバーがやってきた。その中にはティアとキャーロットの姿もあった。

二人の姿を見るに怪我などは無さそうだ。所々返り血のような物で服が固まったりしているが目に見える傷はない。蜘蛛のような化け物がBダンジョンでも出現していたらと思うと結構不安だったのだ。何とも無さそうな姿を見てホッとした。


俺はマホのことで気まずくなりながら、一通り先生からの説明が終わったティアの元へ向かった。ティアの背後を取って少しずつ近付くと両脇から腕を回して抱き締めた。腕で潰されて双丘がぐにゅりと形を崩す。


「ひゃっ!!」

「お帰りティア。大丈夫だった?」


可愛らしい悲鳴をあげたかと思うと逆にティアに抑えられてティアが離れなくなった。動こうとしても接着剤でティアとくっついているのかと思うくらい動く気配がない。……もしかして蹂躙される? いやいやティアがそんなことする訳ないか。マホじゃないし。


「怪我とかはしてないけど、ーーっ!!」

「ん、どうした?」


クンクンと犬のように鼻を動かしたかと思えばティアが俺を広場の隅の方に運び始めた。ティアに持ち上げられて脚が地面から離れる。特に抜け出そうとも思えないので、俺は段ボールになった気分でティアに運ばれた。やっぱり女性の力って凄いな。

草むらに近付くと、その場に投げられた。急な衝撃に体を丸める。


「……もしかして怒ってる?」

「怒ってるかな。臭いを嗅ぐ前までは怒ってなかったけど。ねぇ、もしかしてマホちゃんとヤった? 私が居ない間に。」


鋭く尖った岩石のような視線がノアを突き刺す。臭い? マホとしたのは三日前。それにしてから三回以上はシャワーを浴びて体を清めている。臭いなんてしないはずだけど……。

と、不安そうにノアがティアを見つめると返されたのは有無を言わさぬ圧の籠った視線。あまりの圧にノアの思考回路が止まる。ノアの回路は途中で切れてしまい回路として作用しなくなってしまった。

そんなノアを責めるようにティアがノアの頬をつねる。


「沈黙は肯定ってことでいいのかな?」

「……はい。」


漆黒に染まった瞳でティアに見つめられこちらの瞳を覗かれる。その真っ黒な瞳に映った自分は死神を前にして怯える子供に見えた。あの化け物より今のティアの方が怖く感じる。

ティアはノアの頬を一段と強くつねると、分かりやすく口角を上げた。


「私とノアは付き合ってるよね? それなのにヤったの? 」

「……はい。」


さっきから「はい」としか言ってないが、本当にこれしか言えないのだ。言い訳なんかしたら頬を引きちぎられる。そんな予感がひしひしと頬をつねるティアから伝わってきていた。


「私とマホだったらどっちの方が大事?」

「それは勿論、ティアの方が大事だ。」

「……ふーん。それなのに、私じゃなくてマホとしたんだ。」

「……はい。」


オアシスと思って踏み入れた場所は地雷源だった。片足どころか四肢全てが吹き飛んでそうである。痛い、心が。罪悪感と恐怖の両者にアッパーやらブローやらを受けて壊れてしまいそうだ。KOもそろそろ近い。


「それでも、私の方が大事なんだよね。……ノアからマホちゃんの臭いが強くするけど、ノアとマホちゃんは私が居ない間何をしてたの? いや、ナニをしたの? 」

「……言わなきゃ駄目?」


駄目元で聞き返すと、一筋の光もない闇を纏うように見える瞳に無言で返されて黙る。やっぱり駄目か。……とりあえず、マホから襲われたということは生存本能が強力な魔物に襲われたことで昂っていたことにして誤魔化そう。もしもマホから襲われたとか言われたらマホが死ぬ。社会的にも物理的にも。今のティアは流石のマホでも抑えられるとは思えなかった。両者本能のままヤってしまったと伝えた。その日以降はヤって無いということも加えて。


「つまり、ノアとマホちゃんは生存本能が高まった結果本能のまま行為に至ってしまったと。そして、本能が薄れたのでそれ以降は行為をしてない……ってことで大丈夫?」

「……うん。」

「ノアとマホちゃんが半ば仕方ない理由でヤったことは理解出来たよ。でもね、ノアにマホちゃんの臭いが強く残る理由にはなってないよ。まだ言ってないことあるんじゃないの?」

「……ありました。」


やっぱり話さなきゃ駄目か。

ティアとはそこまで激しくやったことが無い。ティアとは優しく甘ったるい感じでヤっていた。採掘に例えるとマホは岩石をゴリゴリとドリルで力技で採掘するのに対して、ティアはチゼルやタガネやヤスリで採掘するといった感じだ。だから、マホの腰が砕けそうになるまで行ったとか言ったら嫉妬で殺されそうなんだよな。死にそうになるまで搾り取られそう。

思い出したくないマホとのトランプの騒動も言わなきゃいけないんだよな……


こうなったらヤケだと、マホから襲われた以外の内容のことを全般的に話した。下手に隠して後からバレるよりはマシだと判断した。こういったことで女性に勝てる気がしない。


「私がシたことないことまで二人でしたんだね。」

「……はい。」

「……別に怒ってないよ。私だけがノアを独占出来る訳ないって自覚はしてたしね。私をほったらかしにしないならマホちゃんと色々なことをしてもいいよ。ただ、マホちゃんがしたことは私も勿論させて貰えるよね?」


ティアが俺の頬から手を離す。

妖艶でこちらを欲するティアの眼差しが背中を擽った。言葉とは違いしっかり怒っているが、マホと同じことをすればちゃんと許してくれるように感じた。


この辺りが潮時か。

正直マホとのが激しすぎて後一週間くらいはヤりたく無かったが、大事な彼女さんのティアの言うことだし聞こう。同じことをするだけで許してくれるなんてティア様様だ。愛してる。


「勿論、勿論。マホとしたことはティアが嫌でなければ同じことをティアともする。ティアのようないい彼女を放っておく訳ない。」

「ふふっ、ありがとね。私、昔の頃から犬飼ってみたかったんだ。早速学校から帰ったらしようね。」

「ん?」

「うん?」

「ううん、何でもないナンデモナイ。今日はこれで帰宅だと思うし、早速帰ったらしようか。」

「うん。」


ティアが無邪気に笑う。今はその無邪気さが辛かった。

ていうか、そっちかよ。

今更だがそんなにドッグプレイ好きなのだろうかこの世界の女性。正直首輪とか見るだけでトラウマなんだが。ティアはそんなことしないと思うけど、進行方向が少しでも違かったら首輪を思い切り上に引っ張られ、ドッグフード染みた物を食わされ、ショーに出演する訳でもないのに幾つかの芸を教え込まされたんだぞ。一生マホの犬なんてやらない。お金を幾ら積み込まれたって絶対にやってやるか。


マホといえば図書館に置いてきていたな。

流石にほったらかしにしてティアと帰るのも悪いか。声掛けくらいはしとこう。


「あー。このまま帰る前にマホに声を掛けてきてもいいか? 図書館で待たせてるんだ。」

「随分仲良くなったんだね。」

「……まぁな。」


ティアの機嫌がまた少し傾いた気がした。

考えても仕方がないので考えないようにすると、マホを頭の中で思い浮かべた。


首輪とかで酷い目にはあったがマホ自身の親のこととかもあってマホは憎めないんだよな。キャーロットのように無邪気な部分もあるし、ただ横暴なだけでないことも触れてきて分かった。それなりに情も湧いてしまったし今更見捨てることはしない。聖女や王女なんかと比べれば騎士団長が親なんて甘く見えるしな。親の子に対する仕打ちは目に余るものがあるが。


機嫌取りにティアの手を拾い指を絡めながら図書館へ向かうと、マホがそこで絵本を読んでいた。それも幼児が読むような字も大きく絵が可愛い絵本。机の上に難しそうな本が散乱しているが内容が難しくて放棄したのだろうか。絵本を読んでいるのは不貞寝ならぬ不貞読か?

絵本に夢中なようでこちらに気が付いていないので、近付いて肩をこんこんと優しく叩いた。マホが絵本から顔を離して上を向く。碧色の目が俺を捉えた。


「戻ってきたぞ。絵本読んでいるんだな。」

「お帰りノア。……ティアもお帰りなさい。」

「ただいまですね、マホちゃん。」


ただの挨拶だが、二人は表情やら目線やらで死闘を繰り広げているようだった。二人とも笑っているが目が笑ってないのだ。両者美人なだけに怖い。こういう時鈍感だったらどれだけ楽だったことか。


「ところでマホちゃん。今日はこれから先予定空いてますか?」

「空いてるぞ。」

「それじゃあ、これから二人切りで遊びませんか? 」

「……いいぞ。」


ティアとマホが二人?

二人ってことは今日犬にならなくてもよい可能性が大幅に上がった。後日することにはなるだろうが、二人ってことは俺は自動的に省かれるだろうし。二人が何をするのか分からないが決闘とか殺し合いじゃなければ別にいいか。……だけど、ティアも言葉では許していたが気が変わって急に闘い始める可能性もある。一応二人の遊びに隠れて付いていくか。


「二人ってことは俺は一人で帰った方がいいか?」

「いや、大丈夫だよ。付いてきて……というか、案内して。」

「案内?」


案内?

俺が案内することなんてあっただろうか。


「ノアとマホちゃんが一緒に過ごしてた部屋。そこへ転移して欲しいな。」

「……そこで遊ぶのか?」


マホが訝しむようにティアを見る。

すると、ティアはマホの耳元に近付いて俺に聞かせないようにこそこそと話し始めた。時々こちらを伺うように見るが何を話しているんだろうか?

ティアが言い始めると、マホの怪しんでいた顔が納得したような顔に移り変わっていく。言い終わった頃には満足した顔になっていた。


「それじゃあ転移よろしくねノア。」

「……分かった。」


何を会話していたのか内容が分からないので怖かったが、言うことを聞いて二人と一緒に転移することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る