第26話

ダンジョン撤退から三日目。俺とマホは借りた部屋で過ごしていた。ティアとキャーロットは明日の午前中に帰ってくる予定らしい。


『 世界が歪み始めた時 世界には悪と善を持つ圧倒的な者が現れ

互いに馴れ合うことなきにして 正義を掛けて戦うべし

善が勝つなるば数多に再生を 悪が勝つなるば世界に腐敗を

偏った世界は世界に非ず また世界に戦いが繰り広げられるだろう』


ふぅーと長い溜め息を吐いて本を閉じる。伝説というか伝承は曖昧な話で読んでみたはいいもののあまり良く分からなかった。ツンツンと肩が心地よいリズムで叩かれる。


「何の本を読んでるの? 私にも見せて。」

「いいけど面白くないぞ。伝説とか伝承の類いの本だな。曖昧でさっぱり分からん。」

「えー。じゃー別に要らないわ。それより、続きしましょ。」


近付いてきたマホに本を渡すと一秒も経たない内に部屋の端の方に投げられた。本に興味が殆んどないことは知っていたが酷い。一応図書館で借りてきた本なんだぞそれ。本は大切に扱うというのが相場って昔より決まってるんだがな。


「……続きって言っても、マホには記憶が無いだろうけど俺にはティアという彼女が居てな。あの時は勢いが強すぎて止められ無かったが、ちゃんと落ち着いた状態で行為をするのはティアに説明してからの方がいいと思う。」

「……つまり無理矢理襲えばいいってこと?」

「全然違うから止めろ。とりあえずティアが帰って来るまでは待てってことだ。」

「むぅー。」

鋭い犬歯をこちらに見せつけて息を荒立て始めるマホ。行為をしたからか前と比べると甘くなった。獰猛な肉食動物が愛犬になったと思うくらいには。可愛いが本気で発情されたらどうしようも出来ないので頭を撫でて落ち着かせる。頭を撫でると振り子のように身体を左右に揺らし始めた。本当に振り子のようで見てると癒される。

何度か続けていると落ち着いて来たので、マホに話しかけた。


「とりあえず学校にはもう休みの連絡を入れておいたから今日一日は暇だぞ。」

「うーん。それじゃあ、模擬戦でもしない? 何だか力が漲っているのよね。」


確か女性の場合行為後の一定期間は能力が上昇するんだったっけ。

俺の場合は違うが、この世界の一般的な男は行為の後は一定期間力が弱くなるらしい。だから、そのか弱い男を守る為に女性の力が本能的に強くなるんだろうと思った。

ティアも行為後は少しだけ好戦的な性格になっていたなそういえば。その後はティアの誘いにのって模擬戦をしたんだがボコボコにされたんだ。優しく介護してくれたけど、何かプライドが傷付いたのを覚えてる。


「模擬戦するとまた生存本能が刺激されて行為に至る可能性があるから止めておこう。トランプとかはどうだ?」

「トランプって何? 」

「ルールは簡単だから軽く説明する。……一番楽なのはババ抜きか?」


転移で自作したトランプを取り寄せるとカードを孔雀の羽のように広げる。マホは綺麗と言ったきり固まってしまった。おーい。

この世界トランプ以外にも数多くのボードゲームが無くて娯楽に飢えている。唯一あるのがカルタくらいだった。カルタと言っても何故か五十音全てあるわけじゃなくて二十音くらいしかないカルタで、カルタといって良いのか疑問に思う物だ。性欲をカンストさせても不思議に思わないくらいには娯楽が無いのだ。

妹のハルと遊ぶ時にトランプを作ったが、作ってよかったな。

固まったマホにババ抜きの説明をした。


「……とまぁ、こんな感じのルールだ。やっていく内にルールは分かるだろうし、一回やってみるか。」

「うん。やろう。」


魔法でカードがバラバラになるようにシャッフルしてマホにカードを配る。お互いにペアとなったカードを捨てて準備は完了した。

ジョーカーはマホが持っているようだった。


「それじゃあ俺から引くぞ。ペアが出来たら同じように捨てて良いからな。」


マホが並べたカードを適当に選んで引く。こういうのは考えないで適当に引くのが重要なんだ。……本当は深読みしてジョーカーを引かされて萎えるのが嫌なだけだけど。

引いたカードはクローバーの6だった。ペアになったので捨てる。


「次は私が引けばいいのよね。えーと、どれにしようかしら。」


マホは俺が手に持っているカードを野菜売場にいる買い物客のように悩んで選び始めた。二人切りだからどのカードを選んでもペアになる筈だが、それには気付いていないようだった。やっぱり脳筋なのか。

考えた末左から二番目のダイヤのAを引かれた。


「やった!! 揃った!! 」


本当に嬉しそうにペアになったカードを捨てる。嬉しそうなら別にいいか。それじゃあ次は俺の番だな。一番手に力が入って無さそうなところからカードを引く。ダイヤの2だった。ペアになったので捨てる。



その後何度かカードを引くのを繰り返した結果あっさり俺がジョーカーを引かされることもなく勝った。勝敗の原因は分かりやすかった。だって、明かにジョーカーだと思われるカードをマホが力強く握っていたからだ。深読みしていた頃の俺なら引いていたかもしれないが、生憎俺は見え見えのジョーカーを引くことは無かった。


「負けちゃったけど、面白かったわ。他には何かないの?」

「うーん。どれも二人だとな。せめて後一人くらいいればいいんだが。」


七並べは友情が崩壊するし、神経衰弱はマホにボコボコにされる未来が見えた。大富豪は盛り上がるかもしれないが二人だとな。折角二人何だし罰ゲームとか付けてみるか。


「折角だし負けた方に罰ゲームしてみないか?」

「罰ゲーム?」

「あぁ。折角だしな。ゲーム毎にお互いに決めるか。」

「やりましょ。最初は私でいい?」

「いいぞ。」



罰ゲームが掛かったババ抜きは思った以上に盛り上がった。

最初はよかったんだ。手作り料理とか掃除とか肩もみとか可愛げのある物が多かった。マホらしい肉料理で大胆だったが美味しかったし。だけど、どんどんとマホの内容はエスカレートしていった。内容だけでなくプレイヤースキルも上達して簡単には勝てなくなったし、油断出来ない。それでも何とかマホの内容の際では全て勝ちを拾えている。


「それじゃあ次は……犬ね。負けた方は勝った方の犬に三十分間なって貰うわ。」


絶対に負けられん。尊厳が消えるしマホに飼われる犬って長生き出来なさそうだ。……ていうか、勝ったら勝ったで犬になったマホの相手をしなくちゃいけないのか。負けられないけどあんまり勝ちたくもないぞ。楽しそうだけど、絶対新しい扉開けちゃいそうだ。こんなことで開きたくない。


俺とマホは互いにペアを捨てて真剣勝負に挑む。ジョーカー持ちは俺だった。何回かやってジョーカーを持っていない方から引き始めるということになった。つまりマホからだ。さて、どうやって引かせるかだな。


「ジョーカー持ってない私から引いていいわよね。」

「いや、俺もジョーカーを持ってないぞ。」

「嘘付かないでよ。そんな訳ないでしょ。」


冗談を言いながら時間を稼いで戦略を立てる。


肝心のジョーカーだが右から三番目に置いた。マホは基本右の部分から引く傾向がある。始めは野性の勘で回避してくるがゲーム終盤になったらその勘を邪魔するように不安が出てくる筈だ。その時にジョーカーを踏ませる。


今回の作戦はジョーカーの位置を全く変えないことだ。敢えて場所を変えないことで引かせる可能性が上がると思ったのだ。まさかずっと同じ場所に仕掛け続けるとは思うまい。この作戦がマホに気が付かれたら投了だが恐らく引いてくれると思う。


マホが真剣な表情で引いた。引いた場所は左から二番目のハートの6だった。ペアになったカードをマホが捨てる。俺は平然と左側のカードだけでシャッフルした。ブラフである。次は恐らく右側から引いてくる筈だ。……引いてくれ。


「うーんと、それじゃあこれかな。」


マホの一番右の部分からカードを引く。右だけどそこじゃない。マホが引いたのはダイヤの4だった。クローバーの4と一緒にペアにしてから手札から捨てる。


さぁ。次だ。引いてくれジョーカーを。

マホは特に考えないで一番左からカードを選び取った。選び取られたのはダイヤの8だった。マホの表情が一瞬曇る。マホの表情を窺うと少し悔しそうにしていた。もしかしてジョーカーが引きたかったのか? そういえば結構受けが好きだったような……

渋々ペアになったカードを捨てて次は俺の番になった。

脳死でカードを引いてペアを作り早めに捨てた。


お互いにの手札はマホが四枚で俺が五枚。そろそろ引いてくれないと困るぞ。


「えーとね、それじゃあこれにしようかな。」


マホが一番右側からカードを引く。初期右側から二番目にあったカードはマホから引いたカードでペアとなり無くなっていたのでジョーカーの隣。もう一つ隣を引いていてくれればなと仮定のことを思いながら、俺は平然と左側でシャッフルした。

適当に選んでカードを引く。揃ったので残り二枚と三枚。ここでマホにジョーカーを引かれなければ負けだ。確率で言えば1/3。ジョーカーは一番右。引いてくれんもんか。俺はマホに目を合わせた。


「私のこの引きが罰ゲームを決めるのよね。ノアが犬になるのか、私が犬になるのか。ノアは……どっちがいい?」

「早くしてくれ。」

気を遣われて負けるくらいだったら正々堂々やって負けようと思った。別に戦いでもないし。負けたら尊厳は死ぬがマホの尊厳は行為で殆んど無くなってるからな。よし。負けた時の自分への言い訳はこれを使おう。ダサくても関係ない。心が保たれるかが大事なんだ。

「そんなこと言っちゃって本当に良いのかな? ……じゃあ、これ引こうっと。」


マホの細い指がカードに迫る。どっちだ。どっちなんだ。思わず息が止まる。マホの指先の行き末を見ると、あっさり一番左のカードを抜いた。そのカードはジョーカーでは無かった。つまり俺の負けだ。ジョーカーで無いことを見て何ともいえない顔をするとマホはペアとなったカードを捨てた。マホの残すカードは後一枚。後は俺がマホのカードを引けば負けだ。


「ほらほら、早く引きなさいよ。ねぇ、ノア? いや、犬だったか。」

「まだ負けてない。」

「私のカードを引けば負けでしょ。ワンワンでも言ってみる? ほら、ワンワン?」

「ぐっ……」


小悪魔染みた表情で口角をあげているマホのカードを引いた。やっぱりこいつエスだ。ペアとなったカードを捨てる。最後ペアになったカードはダイヤの2とハートの2だった。最後に余ったカードはジョーカー。俺の負けが確定した時だった。


「負け犬。この言葉ってまさにこういう時の為にあったのね。」

「……負けてあげたんだよ。」

「あらあら負け犬が何か言ってるわ。それと、犬なんだから人語禁止ね。人語喋ったら問答無用で躾けるわよ?」

「は?」

反射的に言葉を返すと頬の辺りをマホの手の平が掠めた。痛い。手の平が離れるもじんじんとした痛みがそこからした。……マホのペットは長生きしないなこれは。

ぶたれるの嫌。暴力反対。……叩かれたくないので従うことにした。やっぱりこういう状況になってみると、力の暴力は脅威だなと感じた。

「ふふっ。言うこと聞かないからそうなるのよ。それじゃあまずはワンワンと言って貰おうかしら。ほら、ワンワン?」

「……ワンワン。」

「よく出来ました。いい子ね。それじゃあ次は……首輪でもつけようかしら?その後は家の中を散歩でもしようかしらね。」

「ワン?(は?)」


何処に隠し持ってたのかマホはベッドの下からチェーンの付いた黒い首輪を取り出した。そこそこ厚く一度付けたら首の部分に跡が付きそうには首の部分がゴツゴツしていた。下手に付けたら出血しそうだ。おいおい本気で付ける訳じゃないよな。ていうか、何で持ってんだ。

尊厳が傷つけられるとかそういうレベルじゃない。首輪なんて付けられた挙げ句犬の真似をさせられて散歩させられたら尊厳は残ることもなく灰となって散るだろう。近付くな。おい、止めろぉ!!



……………

……………

……………



絶対に罰ゲームの賭かったトランプはやらないことに決めた。特にマホとは。

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