大変お腹がすいてます。
肉が焼け、油が落ち、パチパチと音が響く。
漂う煙は食欲のスイッチを何度もたたく。空腹にならなくなったアインもよだれが止められなくなってきた。
「なんか普通におなかすいてきた。」
「気分の問題だと思いますよ。どちらにせよ、胃の中が空っぽであることには違いないんですから。」
大きめの岩にちょこんと座り込み、足をぶらつかせながら、ダフネオドラは何ともなしに返答する。
「なぁるほどぉ……。」
いわゆる空腹とは、脳に栄養が入ってない時に発される信号であり、いまエネルギーが一切減らなくなったアインとしては空腹を感じることはない、はずなのだが、人間は胃の中がからになった状態でも空腹を感じることがある。数日たち慣れてきたとはいえ、美味しそうな高級お肉を目の前にして年頃の女の子が我慢できるはずもなく。
「……食べても良いかな。」
「消化吸収はされますが、減らないので食べた分太りますよ。」
「その辺うまく都合良くしておいてよぉ……。」
ダフネオドラの無慈悲な宣告が、アインを沈める。この不滅、全てが都合良くとはいかないのだ。とはいえ、もともと備えていたダフネオドラ自身も理解の及ばない部分はあるため、経験上のことしか言い切れないが。
「じゃあこれダーちゃんの分。はい。」
アインは悲しみながらも、肉の一部をシュラスコのように削ぎ取り、綺麗に洗った薬草に包み、ダフネオドラに渡そうとする。
「私ですか?」
実はダフネオドラは不滅を持って生きてきたので、空腹など感じたことはなく、今現在、なんだか倦怠感を感じるな……と思っていた。アインはその辺を察して、飲食を進めたのだ。
「そうだよ、食べないと死んじゃうよ。」
アインは強引に口に近づける。
「あ……。」
普通、生あるものにとって食べることは生きること。当たり前のことだが、長い時の中、そのことを知らずに生きてきた彼女は初めて何かの命を食べる。彼女にとっては未知の経験で、恐る恐る口をつける。
「むぐ……。これが美味しい、ですか。」
「まぁ、一般には魔物の肉は美味しいって聞くね。珍しいものだからあんまり出回らないけど。」
アインは手際が良いとは言わないまでも、器用な手つきで肉を削いで、綺麗な葉の上に並べてゆく。ひと目見て美味しそうに盛り付けていくなか、それを見つめ、涎を垂らす人が一人。
「それ!頂いてもいいですか!?」
「!?」
突然の耳元の大声で、声も出ないほど驚くアイン。反対側に座っていたダフネオドラは気付いてはいたようだが、はじめての肉の味を噛み締めることに集中していた。
「えっ!?お、起きたの!?」
アインが慌てて振り向くと、そこには先程リーフと名乗った子供がただただ肉を凝視していた。アインとしては自分が食べれないなら置いておいて後であげようと思っていたので、問題はないが。
「えっ……と、食べてもいいよ。」
「やった!」
許可をもらったリーフは手を伸ばし、肉をわしと掴み口に放り込む。もぐもぐごくんと、アインからしたらほとんど味わえてないんじゃないかと言う速度で飲み込んでしまう。
「んぉぉいしぃぃ〜……。」
涙を流すほど感動したリーフはどんどんと盛り付けられた肉を、その皿にしていた薬草ごと口に放り込んでゆく。大きめのローブに身を包んでいたとはいえ、伸ばし放題な栗色の乱れた髪とつぶらな瞳、整った容姿には似合わないたくさんの汚れ、そんな彼女が口にたくさんの食べ物を入れて膨らんでいる様はまるで小動物のようであった。
「そんなに急いで食べなくても……。」
アインは考える。この状況、自分だけがあまりにも可哀想すぎないか、と。これが力を手に入れた代償かと。
「はぐ……むぐむぐむぐ……。」
「ぐむむむ……んぐ。」
そんなアインを気にも留めず、目の前のお肉に集中するダフネオドラと、口の中のものを全て飲み干す行程の中で詰まらせそうになりながら、それでもしっかり胃に収めるリーフ。
「あ……これで全部ですか……?」
「焼いたのは全部だけど……。」
リーフは振り向き、アインに向かって尋ねるが、アインは戸惑いつつも返答を返す。
「そうですか……ひとまず助かりました。ありがとうございました……!」
リーフはぺこりとお辞儀する。アインは少しだけ疑問に思い、尋ねる。
「もしかしてなんだけど。」
「?」
「足りなかった?」
ぎくっ、とリーフが反応する。
「な、なんでです……?」
「いやなんか、満足いってなさそうだったし。いいよ、食べたかったら、もうちょっと焼く?」
「んぇぇ!?いいんですかぁ!?」
聞くや否や、またもや目を輝かせてアインを見る。
「ま、まぁ、別に……どうせなら満足してもらいたいし。たくさんあるしね。」
「た、たくさん!?やったー!お腹ぺこぺこなんです!」
「そんなに!?……その小さな体で今ので足りないんだ?不思議な体質だね……?」
驚きながらも支度を始めるアイン。そこにどうやらなんとか食べ終わったであろうダフネオドラが声を上げる。
「魔族の方ですか。それにしても大食漢ですが。」
一瞬にしてこの場の空気とリーフの表情が凍りつく。そう、これほどまでにエネルギーを要求する身体を持つ生物は魔族として生まれていると考えるのが通常だ。
「魔族……なのかい?」
アインは即座に距離を詰められるように、拳を構えて尋ねる。彼女の心境は複雑だ。魔族は憎むべき相手でもあるが、同時に全ての魔族たちが悪であると言うわけでもないことは重々承知している。特に他国に存在する魔族は迫害を受けていると言うことも父親から学んでいる。とはいえ、この場でもし追手のような存在に攻撃されたら?もし、場所を知るためのスパイだったら?
「う、えぁ、えっと……。」
「落ち着きなさい、アイン。追手であればそもそも魔族とバレるようなことはしないはずです。見た目ですらほとんど違いはないのですから。」
たしかに、と納得はするが、彼女本人が返答するまで構えを解かないアイン。
「……あ……ウチはリーフって言いまして……。」
「知ってる。」
「ん……えと……近くの村から逃げてきたんです……。魔力を持つと……その、ゴクツブシ?だからって、早めに殺すんだって……。」
アインはダフネオドラに目配せをすると、彼女は首を振る。
「この周辺に村があるかどうかはわかりません。植物が多いとはいえ、彼らはどのレベルから集落なのかを判定できないのです。」
植物たちが教えてくれる情報はあくまでそこにいるかどうかくらい。彼女の言葉の正誤判定はできそうもない。
「ならまぁ、ここは信じるしかないか……。」
「あ、ありがとう……。ほんとをいうと、村では、お兄ちゃんだけ助けてくれてて、最近まではこっそりご飯を分けてくれてたんだけど……バレてどこかにつれてかれたの。助けたかったんだけど……。もうそれが3日前になるかな……。」
「3日前、ずいぶん最近だなぁ。それでキミは誰か助けてくれる人を探していた、と。」
「うん……。」
最後に見たお兄ちゃんを思い出し、泣き出しそうになってしまうリーフ。それをみて、アインは立ち上がる。
「ならまぁ仕方ない、助けに行きますか。」
「本気ですか?寄り道も寄り道ですよ。」
ダフネオドラは表情を変えずに尋ねる。
「そうだね、こうしてる間にも国に残った人たちは苦しめられているかもしれない。」
「で、あれば。」
「でも、目の前で泣いてる人を助けないで進んだらずっと後悔すると思うし。昔の勇者様やお父様は怒ると思うんだ。」
「……そう、ですか。貴女がそういう人でよかったですよ。」
「お、褒められた。」
にこりと微笑んだダフネオドラにニカっと笑顔を返すアイン。それをみて、涙を流すリーフ。
「お、お願いします……お兄ちゃんは悪くないんです。助けてもらったら二人で逃げたいんです。」
リーフの頭を撫で、アインはちょっと思案する。
「そうだねぇ、まさかこの度で助けるのが、死の森の木々に……次は迫害された魔族だなんて。」
「なんだか、色々ありそうで怖いですねぇ今後。」
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