第296話 川へ(3)

「わ、眩しっ」


 開け放った窓からはいっぱいの朝日が差し込んできて、私は思わず顔の前に手を翳す。冷たく冴えた空気を大きく吸い込んで眠気を払う。

 今日は快晴! 願った通りの絶好の貝拾い日和です。

 みんなでお出掛けが嬉しくて、私はいそいそと服を着替える。

 本日の服装は、生成りの麻ブラウスにハイウエストの脛丈キュロットパンツ。私はつい最近までズボンは持っていなかったのだけど、アレックスに「川に行くなら絶対ズボン!」と説得されて購入した。それに厚手の靴下に栗拾いの時にも履いたショートブーツ。まだ寒いから上着も羽織って行かなきゃなんだけど……。

「これはもう季節外れよね」

 ハンガーに掛かったもこもこのケープコートの裾を広げて残念なため息をつく。春先に真冬のコートは着られない。せっかくシュヴァルツ様に頂いた物だから、できるだけ長く着ていたかったのに。

 そろそろ衣替えだから、綺麗にブラシを掛けて虫が食わないように大切に保管しなくちゃ。……来年も、たくさん着られるように。

 私はケープコートをクローゼットに仕舞い直して、薄手のニットコートを出した。これは春用にキュロットパンツと一緒に買った物。

 ガスターギュ邸に来た時は着の身着のままで季節や場所に合わせた服装なんて持ってなかったけど、この一年で随分とクローゼットには自分サイズの衣装が増えた。

 自作の萌黄色のワンピースに既製品のシャツやスカート。長袖や半袖、厚手の物も薄手の衣類もある。実家から着てきたつぎはぎだらけの服だって残ってる。

 この両開きのクローゼットの中身は、季節が一回り巡った証だ。

 暮らし始めた時期的に、他の季節の物より春物の私服が少ないから、少し買い足さないと。シュヴァルツ様にも春色のシャツを何着かお仕立てして……。


「もうすぐ一年……」


 思わずため息をこぼした足元から、「にゃー」と愛らしい声がする。


「ルニエ!」


 あ、ドアノブを自分で開けて入ってきてる。相変わらず賢い子です。


「ごめんね、お腹空いた?」


 物思いに耽ってないで、猫と人の朝ご飯とお弁当を作らなくっちゃ。

 私は外出着の上にいつもの白いエプロンを付けて、急かす猫を追いかけて厨房へと降りていった。

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