第284話 予期せぬ訪問者(7)

「おや、ミシェル殿」


 大荷物を抱えて屋敷に入ってきたのはゼラルドさんだ。買い出しから戻ってきた彼に、私は胸を撫で下ろす。ロイヤルなお方を一人で接待するのは不安でいっぱいだったのだ。


「ゼラルドさん、今……」


 駆け寄る私の耳に、


「ただいま」


 更に聞き知った声が響いた。ゼラルドさんよりも大荷物を肩に担いでドアを潜ったのは、


「シュヴァルツ様!」


 思ってもみない再会に私は驚喜する。


「おかえりなさいませ! 今日はお早いのですね」


 まだ昼下がりと呼べる時間帯なのに。


「視察で市中にいて直帰したんだ。道すがらゼラルドに会ってな」


 事情を説明する主に、家令は「荷物を持って頂き恐縮です」と礼を述べる。


「ところで、家の前に軍の馬車が停まっていたが、ベルナティア卿の物か?」


 彼女はガスターギュ邸うちへはお忍びで来ているので、いつも徒歩や王都循環の駅馬車を使っているようなのですが。

 コートを脱ぐ彼に、私はそれを受け取りながら、


「いいえ、あの馬車はトーマス様が……」


 そこまで言った瞬間、


「トーマスが来ているのか? 俺がいない時間に奴を家に上げたのか?」


 露骨に眉間に深いシワを刻むシュヴァルツ様。ひぃ、なんか怖いオーラ出てますよ! 私は必死で弁明する。


「違います! いえ、そうなのですが。トーマス様がお客様をお連れになられて」


「客?」


 鸚鵡返しされて、私はようやく本題に辿り着いた。


「オリヴァー殿下がいらしてます」


「殿下が?」


 寄せられていた太い眉が、今度は跳ね上がった。


「何の用で?」


「ベルナティア様に会いに来たそうです」


 シュヴァルツ様は顎に手を当てて「ほむ」と頷いた。


「とにかく挨拶せねばならんな」


 大股で応接室に向かう彼を、私は小走りに追いかける。ノックをしてドアを開けると、シュヴァルツ様は第三王子に恭しく頭を下げた。


「オリヴァー殿下、ようこそおいで下さいました」


「やあ、シュヴァルツ。お邪魔してるよ」


 社交界での振る舞いは知らなくても、王族への礼儀はわきまえている。敬意を示す将軍に、王子は柔らかな微笑みを返す。


「自分の家なんだから、そんなに畏まらないで。こっちに来て座りなよ」


 どちらが家主か判らないくつろぎっぷりです、オリヴァー殿下。


「今日は君の補佐官に無理を言って連れてきてもらったんだ。だから彼を叱らないであげてね」


 先に牽制されて、シュヴァルツ様は立ち上がって将軍と王子の挨拶が済むのを待っていたトーマス様を、複雑な表情で睨むだけに留めた。

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