第283話 予期せぬ訪問者(6)

「大事に至らず安心しました」


 オリヴァー様の紅茶に濡れた手とブラウスの袖口を丁寧にタオルで拭う。念の為、冷やす物も持ってきたけど治療の必要はなかった。

 間近で見る王子の手は雪のように白く、長い指と整えられた爪はまるで繊細なガラス細工だ。

 水仕事でカサカサの自分の指と比べると、ちょっぴり落ち込んでしまう。


「お着替えをお持ちしましょうか?」


 袖が濡れたままだと不快だろうと提案すると、オリヴァー殿下はクスクス笑う。


「シュヴァルツ将軍の服を貸してくれるの? 僕には大きすぎない?」


「それは……」


 大きすぎますね。王都広しといえど、将軍と同じサイズの服を着こなせる方はそうはいません。

 オリヴァー殿下は細身で身長はアレックスくらい。男物ばかりを着ている彼女の服を貸してもいいのだけど、如何せん王族の方に着ていただくには│いささか生地が安すぎる。クローゼットに前住人伯爵のシャツが残っていたと思うけど……。


「大丈夫、すぐ乾くよ。心配してくれてありがとう」


 あれこれ脳内会議する私に、柔らかい笑顔を崩さないオリヴァー殿下。確かにすぐ乾きそうですが、その上等なブラウスに染みが残ってしまうことを考えると胃がキリキリします。出来れば予洗いさせて欲しい。王族は同じ服を二回着ないかもですがっ。


「気にしないでいいですよ、ミシェルさん。殿下の不注意なんですから」


「そうそう。火刑に処されるのはトミーだから、気にしないで」


 濃淡の違う金髪美青年が口々に言う。……トーマス様が火炙りになったら、流石に気にしますよ。


「それより、お茶とお菓子のおかわりをくれない? このチーズタルトは絶品だ。お土産に母に持って帰りたいくらい」


 ……母って王妃様ですよね。


「すぐにお持ちします」


 ハイソサエティな社交辞令にクラクラしつつ、私は席を立つ。

 応接室を出ると、ほっと一息。思った以上に緊張していたようだ。物腰は柔らかいけど、やっぱり王族の空気感には圧倒されてしまう。

 ベルナティア様の作業はまだ終わらないのかしら?

 一階の廊下から二階を見上げていると……不意に、玄関のドアが開いた。

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