第255話 星繋ぎの夜会・帰宅後(4)

 アレックスに着せてもらった夕方よりも大層な時間を掛けて、シュヴァルツ様がボタンを外していく。


「これで終わりか?」


最後のくるみボタンをループ紐から抜き取り、彼はふうと息をつく。激戦を制したばかりで申し訳ないのですが……。


「あと、コルセットの紐も解いて欲しいのですが……」


 もう。こんなことご主人様にお願いさせるなんて本当に恨むからね、アレックス!

 真っ赤になって俯く私の背後で、我が国最強の将軍が補正下着の結び目を解いていく。……はたから見れば実にシュールな光景ですね。


「まるでブレストプレートだな。こんな物を装備していたのか」


 鯨の骨の入った硬いコルセットに感心するシュヴァルツ様。まあ、ある意味防具ですね。


「不甲斐ないな、俺は」


 編み上げの紐を上から緩めながら呟く。


「ミシェルにこんなにも負担を掛けて。アレックスにもゼラルドにも。今夜の俺はてんで役立たずだ」


 帰りの馬車の中で、アレックスが貴族の青年に絡まれたことは報告した。

 夜会の準備から帰るまで。使用人の行動を掌握出来なかったことを悔いているのだろう。でも……。


「シュヴァルツ様は頑張ってらっしゃいますよ」


 私は自分の思いを伝える。


「初めての夜会で慣れないところもあったでしょうが、堂々と振る舞ってらっしゃいました。シュヴァルツ様の目の届かない場所で起こった事はどうしようもありません。でも、私が一番助けて欲しい時にはちゃんと駆けつけてくれました。火事もシュヴァルツ様がいたからこそ最小限の被害で抑えられたのだと思います」


 今夜の火事は私達が帰る頃には鎮火し、他の建物への延焼もなく、負傷者は出たものの死者はいなかったと聞いている。


「私、シュヴァルツ様がいなかったら潰れたスイカになっていました」


「……スイカ?」


 それはこっちの話です。


「とにかく、私はシュヴァルツ様にとっても感謝しています」


 彼は、「お前達から目を離したのが俺の落ち度なのだがな」と嘆息しながらも、


「ありがとう、ミシェル。お前は俺を甘やかす名人だな」


「こちらこそ……ありがとうございます」


 私もいつもあなたに甘やかされてますよ。


「それにしても、もう夜会は懲り懲りだな。二度と行かん」


 うんざりした声のシュヴァルツ様に、私はクスクス笑う。


「そうは言っても、きっとまた避けられないお呼ばれがありますよ。せっかくダンスも覚えたのに」


「いいや、行かん。ミシェルだって、二度と俺と踊りたくないだろう?」


 シュヴァルツ様の言葉に、私は驚いて振り返る。


「そんなことありません! 私、シュヴァルツ様ともっと踊……」


 とムキになって叫んだ瞬間。


 バサッ!!


 緩んでいたコルセットとドレスが一遍に落ちた。

 布地の分だけ身体が軽くなった私は、真っ黒な瞳をまんまるに見開いたまま硬直する彼と真っ直ぐに見つめ合って……。


「@#$%^&*!?」


 言葉にならない悲鳴を発して蹲る私に、彼は慌てて衣装部屋を飛び出す。


「は、早く着替えて寝ろよ。おやすみ!」


 壊れる勢いでドアの閉める音と、猛スピードで遠ざかる足音が響く。


 あああぁああぁぁぁあっ! 私ったらなんてことを!!


 最後の最後での大失態に、私は脱げたドレスの中に身を沈めて、暫くの間動けなかった。


◆ ◇ ◆ ◇


 少し立ち直ってから衣装部屋を片付け、寝間着に着替えて自室に戻る。

 ベッドの真ん中で気持ちよさげに寝息を立てるアレックスの横に身体を滑り込ませ、縮こまって目を閉じる。

 ……今日は色々あって疲れた。

 明日からは平穏な日々に戻れますように。

 そう願いながら……私はすぐに夢の世界へと旅立った。


 ――そして。


 迂闊にも私が投げてしまった小さな石が、静かな水面に波紋を広げ、やがてガスターギュ家を巻き込む騒動に発展することなど……。

 今の私には知る由もなかった。




―――――

夜会関連完結。

次回からはゆるい話に戻りますよ。

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