第251話 星繋ぎの夜会(21)

 黒い煙が目に沁みるし、喉が痛い。


「煙を吸い込むなよ」


 言いながら屈み込んだシュヴァルツ様は、なんのてらいもなくヒョイッと私を抱き上げた!


「うみゃぁ!?」


「暴れるな、落ちるぞ」


 腕の中でジタバタする私を、彼は呆れた風に嗜める。

 暴れますよ、お姫様抱っこされてるんですよ、私!


「お、下ろしてください! 自分で歩けますから!」


「歩けるなら、とっくに逃げていただろう? いつまでもこの場にへたり込んでいたら邪魔だ。大人しく救助されろ」


 ……うぐぐっ。

 正論でやり込められて、私は身を縮込めるしかない。


「そうそう、ミシェルはシュヴァルツ様に抱っこされてるのが一番だよ」


 こら、アレックス。ニヤニヤしないの!


「離れて悪かった」


 ボソリと私にだけ聞こえる音量でシュヴァルツ様が囁く。


「ミシェルを危険な目に遭わせた」


 ……私への『最大限の配慮』が出来なかったと思っているのですね。


「こんな事態、誰も想像できませんよ」


 だから自分を責めないでください。

 慣れない夜会に四苦八苦していたシュヴァルツ様。でも、緊急時に衛兵に指示を出す彼は凛々しくて……。やっぱり、『貴族』というより『将軍』なのだなと実感する。


「シュヴァルツ様! ミシェル様、アレックス。ご無事でしたか」


 会場を出ると、すぐにゼラルドさんが飛んできた。その後ろにはトーマス様もいる。


「急に会場から大勢逃げ出してきて、中に戻れず心配しましたぞ!」


「何があったんですか? 警鐘は鳴るし、本棟は封鎖されるし」


「詳細は分からん。火事が起きた。会場の警備責任者は誰だ?」


「今夜は近衛騎士団の第一から第三が出ている筈です。責任者はファインバーグ総長。先程本棟からこちらに走ってくるのが見えましたよ。ドレスなのに超速かった!」


 補佐官の答えに将軍は頷く。


「では、申し送りして後は彼女に任せよう。トーマス、先に行ってファインバーグ総長に俺が警戒レベル鷹を発令したと伝えろ。俺も家の者達を馬車に置いてから行く」


 シュヴァルツ様の言葉に、堪えきれぬようにトーマス様が秀麗な顔をヘラっと歪ませる。


「緊急事態だからツッコまずにいようと思ったのですが……。閣下、一夜の内にどんな進展があったのですか? これから新婚旅行に出発しちゃう勢いじゃないですか!」


 ひぃ! なんてことを!

 あわあわと狼狽える私を落ちないように抱え直しながら、シュヴァルツ様は仏頂面で、


「ミシェルが動けなかったから手を貸しただけだ。他意はない」


「そうですね。腕も胸も貸してますけど」


 これ以上余計なことを言わないでください、トーマス様!


「あの、シュヴァルツ様、下ろしてください。私はアレックスとゼラルドさんと待っていますから。シュヴァルツ様はお仕事の方を優先して……」


「二人に託すより、俺がミシェルを運んだ方が早い」


 提案は却下されました。


「では、伝令おれは先に行きますので、閣下はごゆっくり」


 緊急事態に緊張感のない口調で手を振るトーマス様。去っていく彼の後ろ姿に、シュヴァルツ様が呼びかける。


「トーマス」


「はい?」


 振り返った部下に、将軍は私と一緒に抱えていた物を手首だけで放った。

 軽々と投げられたは緩やかな放物線を描きながら、反射的に広げたトーマス様の両手に吸い込まれて――


 ズシッ!!


「うをっ!」


 ――あまりの重さに、がくんと彼の上半身が下がる。

 無理もありません。巡り星それ、十歳児くらいの重量があるんですものね。

 ……腰を痛めてなければいいのですが。


「ちょ、閣下! これ、巡り星! 国宝! どーしたんすか!?」


「盗った」


「盗っ!?」


「返しておいてくれ」


「まっ!? 何してるんですか、閣下! ちょっと!」


 大慌てのトーマス様を置いて、ガスターギュ家一行は馬車へと向かいました。



――

夜会編はここまで。なが~い章にお付き合い頂きありがとうございました。

次回から帰宅後編です。

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