第250話 星繋ぎの夜会(20)

 幼い頃、夏になると母と祖父と……父と、よく海に出かけていた。

 空との境目が分からないほど青く澄んだ海。火傷しそうに熱い白い砂浜。どこか懐かしい潮の香り。


『覚えておいて、ミシェル。海は私達の命の源よ』


 つば広の帽子を被り、優しく微笑むお母様。砂の上に敷物を広げて、お祖父様が私を呼んでいる。不本意そうな顔のお父様も一緒だ。


『おーい、ミシェル! スイカ割りをしよう!』


◆ ◇ ◆ ◇


 ――これは、あの時私が割ったスイカの意趣返しでしょうか?


 そのスイカは後で家族で美味しく頂いたのですが。

 時の流れがやたらとゆっくりに感じられる。

 瞬きすら出来ない。私は呼吸も忘れて近づいてくる黄金の“死”を見守り続けていた。


 ……国宝に押し潰されるなんて、ある意味縁起がいいのかな……?


 星々の煌めきに吸い込まれていく私の視界が……急に暗黒に支配された。


「……え?」


 またも事態が理解できず、瞳を二回ぱちくりさせる。

 座り込んだ私の前に旋風つむじのように現れたのは、当然シュヴァルツ様で……、


「むぅっ!」


 ……彼は小さく唸ると、倒れてきた巡り星の大樹に右手を突き出し、片手一本でそれを受け止めた!

 衝撃に彼の足元の大理石の床がピシリと音を立てる。ひぇ、蜘蛛の巣みたいなヒビが入った!

 あまりの出来事に、逃げ惑っていた招待客も足を止めて彼に釘付けになる。

 しかし、事態はそれで終わらない。大きく傾いた大樹、それが戴いていた宝石の塊――巡り星――がポロリと台座から転げ落ちたのだ。

 見守る招待客はあっと息を呑むが……。

 王国の至宝は床に叩きつけられる前に、シュヴァルツ様の空いていた左手にキャッチされていた。

 途端に悲鳴は歓声に変わる。

 拍手喝采の中、彼は淡々と大樹を床に寝かせると、顔を上げて口を開いた。


「衛兵、前へ!」


 会場内の全部の空気をビリビリ震わすような大声。

 出てきた彼らに将軍は淀みなく命令を下す。


「そこのお前、警鐘を鳴らせ。お前は王族居住区本棟へ連絡、通用門を固めろ。非常警戒レベル鷹、王族方の安全を最優先に。お前は衛生班と軍医をありったけ集めてこい。他の者は招待客の避難誘導。一小隊は消火活動に回れ。手順に従え。脱出した招待客は必ず名簿で安否確認しろ」


「はっ!」


 ビシッと敬礼して散っていく衛兵達。

 混沌とした会場内は秩序を取り戻し、迅速な避難誘導に次々招待客は会場外に連れ出される。

 西側の大窓が開かれ、手漕ぎ式の散水車が運び込まれる。ホースを中庭の池に繋いだ散水車は、樹木の水やりだけでなく火事の時にも使用されるそうだ。

 指示を出し終えたシュヴァルツ様はふっと息をつき私を見下ろした。


「無事か? ミシェル」


「はい……多分」


 腰が抜けて動けませんが。

 彼は「重畳」と目を細め、私に右手を差し伸べた。私がそれに自分の左手を重――


「うわーん! 来てくれるって信じてたよシュヴァルツ様!!」


 ――ねる前に、アレックスが逞しい彼の腕にしがみついた。


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