第239話 星繋ぎの夜会(9)

 白い詰め襟の上着に金の肩章、白いズボンに脛丈の黒革の長靴ちょうか。あれは近衛騎士団の団服だ。武器持ち込み禁止の会場で彼らだけが腰に剣を佩いているのは、近衛騎士団がこの場の警備を担当しているからだ。

 近衛騎士は王族と王都周辺の警備が主な仕事で、規律正しく洗練された物腰から別名『王国の白鷺』とも呼ばれている。

 ……『戦場の悪夢』とは大違いの二つ名です。

 ロクサーヌは確か夏にお付き合いしていた彼と婚約破棄し、現在は独り身のはず。近衛騎士団に意中の人が出来たのかしら?

 フォルメーアの貴族は家長が認めれば身分差なく恋愛結婚できるし、そもそも王城仕えの騎士は貴族の子女が多い。近衛騎士なら身元調査されているだろうから、伯爵令嬢のお相手としては安全枠だ。


「どなたですか?」


 好奇心が抑えきれず訊いてみると、頬を薔薇色に染めたロクサーヌは恥ずかしげに手を口元に当てて、


「あちらに三人の近衛騎士様がいるでしょう?」


 うんうん。


「彼らの前に立っている……」


 うんう……ん?


「背の高い紫のドレスの方」


 ……はい?

 あ、よく見ると白い軍服三人の他にもう一人いました。

 腰まである天の川のような銀髪を高いポニーテールにし、驚くほど複雑な細工の金の髪飾りで留めている。ヒールの分を差し引いても三人の騎士よりも高いであろう背丈、美術館の女神像もかくやというしなやかな痩身は光沢のある薄紫のマーメイドドレスに包まれている。年は二十代半ばくらいかな。

 同性の私でも思わず目を奪われてしまうような……、


「お美しい方でしょう?」


 ほうっとため息をつくロクサーヌに、無意識に頷いてしまう。それほどに美しい女性だった。

 銀髪の美女は背筋を真っ直ぐに伸ばし、少し顎を逸らして片手を腰に置き、三人の騎士に話しかけている。その姿は……何か命令しているように見えるけど?


「あの方はファインバーグ侯爵ベルナティア様よ」


 へ〜………って!?


「え? 侯爵? 侯爵ですか?? 侯爵令嬢でも侯爵夫人でもなく、侯爵様!?」


 あの絶世の美女が!? 聞き間違いかと思って尋ねると、ロクサーヌはうっとり肯定する。


「そうよ。ベルナティア様はファインバーグ侯爵家の当主なの。そして王国近衛騎士団の総長も務めてらっしゃるのよ」


 ちょ、追加情報も濃すぎなのですが!

 いきなり容量オーバーになった脳が破裂しそうです。


「ドレスということは、今日は侯爵閣下としてお越しなのね。いつもの軍服も凛々しいけど、ドレス姿も麗しいわぁ!」


 両手を組んで拝むようにベルナティア様を見つめるロクサーヌ。その姿は夢見る乙女そのものだ。


「あの、ロクサーヌ。憧れの君って……」


 一応確認すると、


「勿論、ベルナティア様よ!」


 即答でした。



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