第238話 星繋ぎの夜会(8)

「ミシェルのドレス、素敵ね」


 ミニトマトと生ハムを串に刺した一口大のオープンサンドをつまみながら、ロクサーヌが水色の花をたっぷりあしらった私のドレスを見つめる。


「ちょっと見ないデザインだけど、デザイナーは誰? どこの工房?」


「ええと……工房には所属していない、無名の新人の試作品といいますか……」


 まさか、ガスターギュ家の使用人が二人がかりで古着をリメイクしたなんて言えません。


「華やかだけど甘すぎず落ち着いていて、ミシェルにぴったりだわ」


 家人以外からも褒められるなんて、頑張った甲斐がありました。


「ありがとうございます。ロクサーヌのドレスもとても素敵ですよ」


 お世辞抜きに、柔らかな亜麻色の髪に鮮やかなオレンジ色のドレスがよく映える。美人は何を着ても似合います。


「ありがと。でも、ドレスって着るのも選ぶのもとっても楽しいんだけど、色被りやデザイン被りに気を遣うわよね。一シーズンに同じドレスを二回も着れないし、かといって次の年に着ようとしても流行遅れだったりするし……」


 令嬢らしい悩みを零す。

 私は今夜限りだけど、社交シーズンに何度もパーティーにお呼ばれする令嬢は大変だよね。夜会だけでなく、昼食会やお茶会、朝から開催される式典等もあって、その都度着るドレスが変わってくるのだから。……貴族って、財力がないとやっていけません。

 ……それにしても。

 私はこっそりとクリームチーズのカナッペを口に運ぶロクサーヌと、その周辺を観察する。

 青い瞳のすらりと背の高い令嬢は、上品で同い年とは思えないほど大人っぽい。コーネル伯爵家の総領娘である彼女には婿志願者が引く手あまただろうけど……。

 私は数の内に入らないとはいえ、こんな素敵な令嬢ロクサーヌを含む女性二人だけのテーブルに男性が誰も声を掛けて来ないのは、どうやら両家の従者がこの席に男性が近づくのをブロックしているからのようだ。

 よく見ると、ガスターギュ家家令ゼラルドさんコーネル家令嬢専属従者クリスさんが周りの視界から私達を遮るように立っていて、こちらに向かってくる男性の動線をさり気なくズラし、別の方向へ行くよう誘導している。

 ……いつの間に仲良くなったのですか? うちとそちらの従者さんは。

 私が従者達の動向に気づいたことを察したのか、ロクサーヌが口角を上げて悪戯っぽく微笑む。


「わたくしに構わず、ミシェルは踊りたい相手がいれば誘われていいのよ?」


 なるほど、この虫除けフォーメーションはロクサーヌの指示でしたか。


「いいえ、わたくしはシュヴァルツ様のお伴として来ただけですから。シュヴァルツ様がお戻りになるまでこの場に留まります」


 ……という私の気持ちを汲んで、ゼラルドさんもクリスさんと連携しているのでしょう。シュヴァルツ様も私に配慮するって言ってたし。

 ただ、交流を目的とした夜会の場で、妙齢の令嬢がテーブル席に引き籠もっているというのは奇妙な状況ではありますが。

 私の言葉に、ロクサーヌはますます面白そうに、


「あら、ガスターギュ閣下って束縛激しいの? ミシェルが他の殿方と踊ったら嫉妬しちゃう?」


「そ、そんなことはありません!」


 私は咄嗟に叫んでしまって、自分の声の音量に驚いて慌てて口を閉じた。彼が私のことで嫉妬するはずない。シュヴァルツ様はいつも飄々としていて、執着するのは卵料理くらいだ。


「シュヴァルツ様は寛容な方です。わたくしが誰とどこへ行こうと気にしないと思います」


 真っ赤になって俯いて必死に弁明する私に、ロクサーヌは呆れたようにため息をついて、


「そんなことは――」


 ――ないのではなくて? と言いかけた唇が止まる。

 不意の沈黙を訝しんで私が顔を上げると、彼女は口を「は」の発音で開けたまま硬直していた。


「……ロクサーヌ?」


 声を掛けると、彼女はやおらガバっと私の腕を掴んだ。


「わわっ!?」


 椅子ごと引き寄せられた私の肩に隠れるように、ロクサーヌは顔を近づけてきた。


「ロ、ロクサー……」


「……ミシェル、どどどうしよう……」


 困惑する私に、伯爵令嬢は震える声で囁く。


「近くに、わたくしの憧れの君がいるの……!」


 ……はい??

 この会場に、ロクサーヌの想い人が!?


「え? どこですか?」


「そこに……」


 彼女の視線をそっと辿ると、フードカウンターの側に装飾の多い白い軍服を着た青年が三人立っていた。

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