第222話 ミシェルのドレス(6)
昼食が済んだら作業再開。
当主不在で予定の空いてしまったゼラルドさんに家事をお任せして、私とアレックスはドレスの仕上げだ。
素人のリメイク作品だけど、元のドレスは上級品だし、装飾の造花も実際に結婚式で使われるような完成度なので、製作者の欲目はあるけど既製品と変わらない出来栄えになりそうだ。
「でもさ、こーんな嵩張る服着て歩いたり踊ったりするんだから、お嬢様は大変だな。しかも踵の高い靴まで履いてさ」
面倒くさそうにトルソーのドレスを見上げるアレックス。
「貴族には社交も仕事の内だから」
祖父の代では、テナー家も当主と息子夫婦とで夜会に呼ばれることもあった。子どもの私は留守番だったけど、イブニングドレスの母はそれは美しくて憧れたものだ。
「アレックスはドレスに興味はないの?」
「全然。木登りできる服がいい」
……それはパニエ付きスカートでは無理だね。
「ところで、貴人のお出掛けってお付きの人が同行するのだけど」
ドレスに花を縫い付けながら、私は切り出す。
「ゼラルドさんは王都の社交界には慣れてないってはぐらかしていたけど、シュヴァルツ様を補佐するために会場までは来ると思うのよね」
大きいパーティー会場には出席者の支度室や従者の待機部屋があって、従者はいつでも主人の窮地に駆けつけられるようになっている。
「まあ、あのじーさんは来るなって言っても、どっかに隠れてついてくるよな」
確信を持って頷いた庭師に、私は続けて、
「それで、アレックスにも私のお付きとしてパーティーに来てもらいたいの」
「……は? どういうこと? オレもドレス着て踊れっていうのか?」
途端に怪訝な唸り声を出す彼女に、私はたじろぐ。
「ううん。アレックスはまだ社交界デビュー出来る年じゃないから、今回は侍女として。あ、舞踏会に出るなら、十五歳を超えてからなら今回の私みたいにシュヴァルツ様のお伴として……」
「出ないし出たくないから」
しどろもどろの私にアレックスはきっぱり言い放つ。
……アレックスもシュヴァルツ様と同じくらい社交界嫌いらしい。
「ま、お付きとして会場についていくまでならいいぜ。ミシェルがドレスの裾踏んでコケないように見張ってればいいんだろ?」
「……そうだけど……」
なるべく転ばないよう努力します。
「でも、侍女ってメイド服着るの? それは嫌だよ」
「屋根裏部屋のクローゼットに、外出用の侍女のお仕着せがあったと思うけど……」
私の言葉に、アレックスは閃いた! とばかりに目を輝かせた。そして、いきなり裁縫部屋を飛び出し廊下を駆けていく。出ていった勢いそのままに戻ってきた時には、ハンガーに掛かった一組の衣装を手にしていた。
「これだったら着てもいいよ!」
装飾の多い裾の長いジャケットに揃いのウエストコート、膝丈ズボンの取り合わせは……。
「それ、男性従者のお仕着せじゃない」
キョトンとする私に、アレックスは従者の衣装を自分の体に当てた。
「いーじゃん、オレに似合うだろ?」
ニカッと白い歯を見せて笑う。確かに、スラリと細身で凛々しい顔立ちの彼女にこの衣装は似合いそうだ。
……本人が着たいというなら、いいかな?
「アレックス、試着してみて。少し丈を詰めた方がいいかも」
「おう」
上機嫌でお仕着せに袖を通すアレックス。
なんだかんだで、夜会の準備は着実に整ってきました。
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