第205話 夜会の準備(1)

 翌日から、ガスターギュ家は夜会の準備に大わらわです。

 早朝、予告通りゼラルドさんがシュヴァルツ様を仕立て屋にお連れして、採寸が終わったその足で軍総司令部職場に年始までの休暇届を出して帰宅したのはお昼頃。

 『将軍』という肩書でも現在は自軍を持たず軍部の相談役の立場のシュヴァルツ様は、お休みが取りやすいそうです。まあ、元々祝祭期間は官公庁はほぼ閉庁しているのですが。


「……なんか、色々測られたぞ。ミシェルに服を作ってもらう時は触れられもしないような箇所も測られた」


 みんなで囲む昼食の席。チーズグラタンを大きなスプーンで頬張りながら、憮然と顔をしかめるシュヴァルツ様。

 ……どこまで測られたのでしょうか?


「オーダーメイド服の醍醐味はフィット感です。いかにシュヴァルツ様の逞しい体躯を際立たせ、美しく魅せるかが重要なのです。そのために細かい採寸は欠かせません」


 傍らのゼラルドさんがスプーンを握りしめて熱く語る。家令は自分の美学をとても大切にする人です。実際、彼の身嗜みには一分の隙もありません。

 祝祭期間は基本長期休暇の扱いのフォルメーア王国ですが、年末年始を家族とのんびり過ごす人もいれば、繁忙期を迎える業種もあるわけで。パーティーの多いこの時期は、仕立て屋や髪結い、料理人等は倒れるほど忙しいと聞きます。

 そんな時に、一から型紙を起こして夜会服を一式作らされる仕立て屋さんはさぞかし大変なことでしょう。布地だって、通常の1.5倍は使うでしょうし……。


「あの仕立て屋、尋問を受ける前の捕虜のような顔をしていたぞ? 服が仕上がったら言い値の三倍の額を払ってやれ」


「御意」


 ……相当なゴリ押しで注文を受けさせたようですね。ご主人様と家令のやり取りに、メイドの私は苦笑するしかない。


「シュヴァルツ様の夜会服かぁ! いつも似たような格好しか見てないから楽しみだな」


 マカロニをフォークで刺しながら、うきうき目を輝かせるアレックス。私は、「無礼ですよ」と彼女を嗜めるけど……実は、私もすっごく楽しみです。

 シュヴァルツ様は背が高く堂々と胸を張って歩くので、豪奢な服がよく映える。正装の軍服も格好良かったから、夜会服もさぞかし似合うことだろう。

 とりあえず、衣装の問題は解決したということで、残る課題は……。


「ところでミシェル殿」


 ナプキンで口を拭い、ゼラルドさんが鋭い灰色の瞳を私に向ける。


「当然、ダンスは踊れますな?」


「は、はい。三拍子と四拍子のスローなパーティーダンスならなんとか。でも、習ったのは十年ほど前で……」


 ステップもうろ覚えなのですが、と続けようとした私に、彼は「よろしい!」とテーブルにナプキンを置いて立ち上がった。


「では、午後から特訓を開始しますぞ! シュヴァルツ様とミシェル殿は昼休憩後、玄関ホールにお集まりください」


 ……ああ、やっぱりこういう展開になりますよね!

 やる気みなぎる老家令に私は頭を抱えたくなる。ちらりと横目で確認すると、シュヴァルツ様は文字通りテーブルに突っ伏していました。


「……こんなことなら、砦の隙間風に凍える部屋で新年を迎える生活の方がよかった」


 口角の下がった唇から、ぼそっと悔恨が漏れる。

 そこまで絶望しないで、シュヴァルツ様っ!

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