第202話 ガスターギュ家の祝祭(6)

 正直、シュヴァルツ様のプレゼントは悩みました。私が彼に作る衣類はすべて経費として精算されてしまうので、贈り物として成立しません。

 なので、散々頭を捻って考え出した結果が……、


「こちらなのですが……」


 差し出した包みを受け取り、開いたシュヴァルツ様は入っていた物に目を見張った。

 それは……一抱えほどのクッションだ。


「長椅子で横になる時にお使いいただければと思って」


 居間にある当主お気に入りの長椅子。家にいる時は、彼は大抵そこで寛いでいる。いつも木の堅い肘掛けを枕代わりにしているので、頭を置きやすいクッションを作ってみました。布は長椅子と調和の取れる色合いにして、カミツレの花の刺繍をしました。

 シュヴァルツ様はクッションの硬さを確かめるようにギュッと握りしめてから、ふっと黒い目を柔らかく細めた。


「ありがとう。ますますあの椅子から離れられなくなりそうだ」


 ……気に入ってもらえて何よりです。

 でも、夜はちゃんと寝室で眠ってくださいね。体を壊したら大変ですから。

 みんなに喜んでもらえてよかった。

 私がほっと頬を緩めていると、輪になったガスターギュ家の者達を数歩離れた場所から眺めていたトーマス様がちぇっと唇を尖らせた。


「いいなー。みんなにはプレゼントがあって」


 ぶちぶちと愚痴を零す。


「招かれざる客が、何を言う」


 呆れるシュヴァルツ様に、トーマス様は負けじと噛みつく。


「でも俺、ワインも持ってきたんですけど? 悲しいなぁ。俺もガスターギュ閣下の身内のつもりなのに」


「お前のような怪しい身内はいらん」


「押しかけてきてプレゼント要求って、強盗かよ」


「まあまあ。プレゼントはディナーで相殺していただければと」


 容赦ないシュヴァルツ様とアレックスと、おざなりにその場を収めようとするゼラルドさん。


「みんな冷たいですよ。俺の貢献度って、結構高いと思うんですけどねー!」


 わざと頬を膨らませるトーマス様は、多分、みんなをからかっているのだと思う。だけど……、


「……あの……」


 私はおずおずと挙手した。四人の視線が集まる中で、そっとリボンのついた包みを差し出す。


「あります、トーマス様へのプレゼント。よかったらどうぞ」


 それは、太い糸でざっくり編んだルームソックス。

 ……気が利かないと罵倒されて育った私には、安全策を講じる癖がついている。このルームソックスは、予備にと作り置いていた物。伸びる糸で大きめに編んでいるから、女性にも男性にも履けるサイズだ。……シュヴァルツ様ほど足が大きいと穴が開くと思いますが。

 つまり、をご用意していたわけです。こういう自己防衛も実家では『浅ましい』とさげすまれましたが、今回は役に立ちました。

 トーマス様は信じられないという風情で毛糸の靴下をじっと見つめてから、シュヴァルツ様達に目を向けた。


「ほら、こういうとこ。こういうとこだよ! みんな、しっかりミシェルさんを見習って!」


 ……調子に乗らせてしまいました。


「ミシェル、餌付けするな。居着いたらどうする?」


 ドヤ顔の補佐官を横目に、将軍がメイドを睨む。


「……すみません」


 家長にお叱りを受けました。


 デザートを食べ終えたら、パーティーもお開きの時間です。


「ごちそうさまでした! また来ますね!」


「二度と来るな」


 殺伐とした挨拶で、お客様をお見送り。

 腕を組んで早く帰れと威圧するシュヴァルツ様と、彼の背後に控える私とアレックス。ゼラルドさんがおもむろにドアを開く。

 外へと足を進めるトーマス様に、誰もが騒がしい夜の終わりに肩の力を抜いた……瞬間。


「あ」


 振り返った彼は、最後に我が家にとんでもない衝撃を与えました。


「ところで、王城の夜会の日は、馬車の手配をしておきますか?」


 ……はい?

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