第191話 ガスターギュ家の祝祭・準備(1)

 冷たい風に、鼻がツンッと痛くなる。

 平日の昼間、私とシュヴァルツ様は市場へ買い出しに来ていた。


「なんだか街の様子が違うな」


 耳あて付きの帽子トラッパーを被ったシュヴァルツ様が珍しそうに辺りを見回している。


「今週から、『星巡りの祝祭』期間に入りましたからね」


 ミトンの手袋の中でも冷たくなった指先に白い息を吹きかけながら、私は答えを返す。

 星巡りの祝祭は、『空を廻る星々の欠片が海に降り注ぎ、大地を造り様々な恩恵を与えた』というフォルメーア王国に伝わる創星神話になぞられた年中行事だ。

 年末年始の一ヶ月間を星巡りの祝祭と呼び、行く年と来る年をお祝いするのだ。

 この期間中、街は星をモチーフにした飾りで彩られ、至るところでホットワインやお湯割りの果実シロップ、砂糖菓子等が振る舞われる。

 官公庁も休業日が増えるので、必然的にシュヴァルツ様が家に居る時間が多くなりました。だから今日も、一緒に買い物に来れたわけなのです。……嬉しいな。


「旦那さん、ワインをどうぞ。ミシェルちゃんはホットジュースがいいかな?」


「わぁ! ありがとうございます」


 通りかかった酒屋の前で店員さんが木のカップに入った温かい飲み物を渡してくれる。半年も暮らしていると、市場の人達はみんな顔見知りだ。まぁ、買い物の量的にガスターギュ家が目立っていることもありますが。


「王都の祝祭期間はこんなに騒がしいのか」


 ホットワインの湯気越しに、華やかな街並みに彼は目を細める。


「シュヴァルツ様の赴任地はどんな感じだったのですか?」


 見上げて訊いてみると、彼は少し考えて、


「この時期は、井戸も凍って飲み水の確保にも困った」


 ……いつ聞いても壮絶な環境でした。


「特別なお祝いとかはなかったのですか?」


 祝祭期間には、貴族家でも庶民の家庭でもパーティーが頻繁に開かれ、招き招かれしてごちそうを食べながら交友を深める。家族や親しい友人、お世話になった人達に日頃の感謝を込めてプレゼントを贈ったりもするのだけど……。

 シュヴァルツ様はまた上目遣いに考え、


「そういえば、新年の一日目は、夕飯の料理が一品増えてたな」


 あ、やっぱりお祝いしてたんだ! と私は明るい気持ちになるけど、


「だが、翌日からスープの塩味が薄くなった」


 ……帳尻合わせの仕方がエグかったです。

 と、いうことは……。

 シュヴァルツ様は、お誕生日と同様、星巡りの祝祭を誰かとお祝いしたことがないのかな?

 せっかく王都に来たんだから、王都流の祝祭を楽しんでもらいたいな。

 ムクムクとやる気と使命感が湧き上がる。

 ごちそうさん、と飲み干したカップを店員に返すシュヴァルツ様に、私はぬるくなったホットジュースを握りしめて提案した。


「シュヴァルツ様、我が家でパーティーをしましょう!」

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