第171話 将軍のお見合い(10)
「……縫うほどの傷でなくて良かったですな」
巻いた包帯の端を留めるゼラルドさんに、私はソファの上で身を縮こめる。
「お手数おかけしまして……」
ここはガスターギュ家の居間。厨房で指を切った後、アレックスの呼び声に気づいたゼラルドさんが駆けつけて、傷の処置をしてくれたのだ。
「我が家の刃物の研ぎは、スフレも骨付き腿肉も同じ力加減で切り分けられる精度になっております。シュヴァルツ様不在の時にミシェル殿の指が落ちる事態にならずにすんだのは、不幸中の幸い」
……どうりで、最近ナイフがよく切れると思いました。いえ、切れる方が使いやすいのですが。
「そんなにご心配なら、行かせなければよろしかったのに」
薬箱を閉じながら、老紳士が零す。
「シュヴァルツ様は此度のお見合いは、きっとお断りになるでしょう。しかし、その次は? 高貴な殿方がいつまでも独り身で放って置かれるとお思いですか。あなたが自分の立場をはっきりさせれば、このようなことは起こらなくなるのに」
……それは、シュヴァルツ様に婚約者なり伴侶なりを作れという意味なのでしょうけど……。
「無茶を言わないでください。私はシュヴァルツ様とお付き合いもしていませんよ?」
困って眉尻を下げる私に、ゼラルドさんはわざとらしく首を竦める。
「ミシェル殿がそのような態度だから、何も進展しないのでしょう」
彼はふっと遠い目をして、
「
重い息を吐き出す。
「彼女とは、内戦ではぐれてそれっきり。……四十年経った今でも、彼女に想いを伝えなかったことを後悔しております」
ゼラルドさんは薬箱を手に立ち上がると、半身だけ振り返った。
「ミシェル殿は高貴の出なのでしょう? シュヴァルツ様は庶民の出とはいえ、申し分のない地位と人格を兼ね備えた方。将軍と貴婦人の恋愛に何の障りがありましょうか。年寄りの忠言ですが、某は若い方に自分と同じ後悔はさせたくありません」
「……ありがとうございます、ゼラルドさん」
お気持ちだけは、受け取っておきます。
「ミシェル殿は少し休憩した方がよろしいですな。食材の下拵えは某とアレックスにお任せを。味付けの際はお呼びしますので」
「お願いします」
執事が去った居間で、私は落ち込む心と共にソファに埋もれていた。
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