第91話 お庭のこと(4)
――と、いうことで。
私の傷の手当てをしてから穴に落ちた男の子を地上に引っ張り上げて、事情聴取です。
地べたに胡座を掻いて不機嫌にそっぽを向く彼を、シュヴァルツ様が鎌を片手に見下ろしている。私は少し離れた所から、二人を見守っています。
「お前は何者だ? どうしてミシェルを狙った?」
猛獣の唸りのような声で訊かれ彼はビクッと肩を揺らすけど、頑なに視線を逸したまま吐き捨てる。
「別に。ただ……なんとなく」
声が震えているのは、怖いからだろう。それでも彼は虚勢を張って、シュヴァルツ様に噛み付く。
「もういいだろ。オレを帰らせろよ! 大した被害もないんだしさ!」
「被害の大きさは加害者が決めるものではない。罪のないミシェルが怪我を負ったというのに」
「転んだのは、その女が鈍いだけだろ!」
グザッ。
流れ矢にダメージを受ける私に気づかず、彼は捲し立てる。
「大体、あんたら貴族は平民から巻き上げた税で贅沢してんだろ? だからちょっとくらいオレらに還元してもバチは当たんねーだろ。これくらいで済んでありがた……ぅげ!」
半ばで声が途切れたのは、シュヴァルツ様が男の子の口を覆うように片手で顎を掴んだからだ。
「俺が貴族だから、お前は罪を犯したというのか?」
眼光だけで心臓が止まりそうな鋭さで、シュヴァルツ様は彼を睨みつけた。
「……この国の法律では、盗人には盗んだ品の倍以上の賠償金と相応の刑罰が科せられるのだったな」
酷く冷たい声で言いながら、手にした鎌を、男の子の左腕に押し当てる。
「被害者は肘と膝を怪我した。罪人への相応の処罰はどの程度が妥当かな?」
鈍く光る刃物に、少年は冷や汗を浮かべる。
「じ……冗談だろ……?」
「そう見えるか?」
瞬きもせず問い返すシュヴァルツ様に、彼はガチガチ奥歯を鳴らし始めた。
「や、やめろ! そうだ、憲兵を呼べ。オレを憲兵に突き出してくれ!」
目の前の怪物より憲兵の方がまだ救いがあると思ったのだろう。懇願する男の子に、シュヴァルツ様は薄く笑う。
「安心しろ、俺はこの国の将軍。憲兵よりもずっと偉い。行政の手間をすっ飛ばして俺が裁いても文句は言われん」
「な……、横暴だ!」
「そうだな」
シュヴァルツ様は悪びれもせず言うと、鎌を振り上げた。男の子は激しく身を捩るけど、手首をがっちり掴まれて動けない。
強い日差しに金属の刃が乱反射する。
「シュヴァ……」
私は悲鳴を上げて駆け寄ろうとするけど、間に合わない。
振り下ろされた鎌が銀の弧を描き、少年の肌に触れる……寸前!
「やめて!!」
彼は形振り構わず絶叫した。
「ごめんなさい! 許して! ただ、ムカついて、腹も減ってて……。怪我までさせる気はなかったんだ! ごめん、ごめんよぅ……」
泣きじゃくる男の子の腕ぎりぎりで、鎌は止まっていた。その隙間はまさに髪の毛一本分。
多分……いや、絶対故意に止めたんだろうけど……。
あまりの迫力に、私も腰を抜かしてへたり込んでしまう。
シュヴァルツ様はしゃがみ込んで彼に目線を合わせ、
「謝る相手が違うだろう」
男の子ははっとして、私に向き直る。
「……ごめんなさい」
ひっくひっくと嗚咽を漏らしながら頭を下げる彼に、私は困った。
擦りむいただけだし、脅されたとはいえ反省もしてるから、許すのは全然いいんだけど……。このまま解放しては良くない気がする。
「ええと」
私はちょっと考えて、
「あなた、このお屋敷を見てましたよね? それに私にムカついたって……。私に何かあるんですか?」
彼は「いいや」と
「あんたに恨みはない。ただ、この家が……」
「このお屋敷が?」
聞き返すと、彼はこくんと頷いて……ぽつりぽつりと話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。