第74話 海へ(BBQ)
と、いうことで。
魚市場で食材を選んだ私達は、砂浜の炭火台に移動して網焼き料理を始めます。
大きな魚はぶつ切りに、小さな魚は丸まま串を刺して網に並べる。皮にこんがり焦げ目がついたら完成だ。
「ん! んまい!!」
鮮やかな虹色の魚にかぶりつき、シュヴァルツ様が舌鼓を打つ。新鮮な魚介は凝った味付けをしなくても、ちょっと塩を振るだけで十分美味しいです。
「こっちも、歯ごたえが、なかなか……」
将軍は次に先程戦ったタコの脚を咀嚼しながら、しみじみ感想を述べる。
「えらい力で俺の腕を締め付けただけあって、いい弾力だ。敵ながらあっぱれだ」
焼かれて真っ赤に色を変えた好敵手を称えるシュヴァルツ様。敬意を表しつつ食べるんですね。
「はまぐりも食べ頃ですよ」
ぱかっと開いた大きな二枚貝を渡すと、彼は一口で貝の身を口に収めた。
「おお、これも美味いな! 前線の川の貝は小さくてジャリジャリしてて食べづらかったが、これは食いごたえがあっていい」
……ジャリジャリしていたのは、産地のせいではなく砂抜きがきちんとできていなかっただけでは……?
「エビもでかい! 沼で獲っていたのはこれの1/10だったぞ!」
ザリガニとロブスターを比べられましても。私はどちらもレモン汁を垂らして食べるのが好きですよ。
「世界は広いな。俺の知らないことばかりだ」
殻ごとのロブスターを半分に折って私に尻尾を渡しながら、シュヴァルツは黄昏に染まりかけた海を眺める。
「今日は来てよかった」
潮風にぽつりと零す。
「ミシェルが誘ってくれたお陰だな」
向き直って目線を合わさられると、頬が熱くなる。
「シュヴァルツ様のお陰ですよ。私は連れてきてもらっただけですから」
焦って言い訳する私に、彼は柔らかく微笑む。
「また行こう。海にも……他の場所にも」
「……はい」
ただの口約束でもいい。今はただ、同じ時間を共有したいと思ってくれたことが嬉しい。
この旅行は私の誕生日プレゼントだけど……シュヴァルツ様が喜んでくれたのなら計画通りだ。
湿った重い風が髪を揺らす。
「そろそろ帰るか」
山程あった海産物を骨と殻だけにして、シュヴァルツ様が言う。
日が落ちる前に出発しないと、家に着くのが遅くなってしまう。
「そうですね」
名残惜しい気持ちを抑え、私は炭火台の片付けをする。
寂しい顔はしないようにしよう。楽しい心を家まで持ち帰りたい。
――こうして、シュヴァルツ様と私の初めての小旅行は幕を閉じ……ようとしていたのですが。
話を終わらせるのは、まだ早すぎました。
二人で炭火の処理をしていると、不意に海から強い風が吹いた。途端に空と繋がる海の端がどす黒く色を変え、暗灰の雲が沸き立っていく。
雲は明るい青空を瞬く間に鈍色に染め替えて……、
ドバーーーッ!!
バケツをひっくり返したような大粒の水の礫を地上の生物にお見舞いした!
海岸にいた人々は、悲鳴を上げて屋根のある建物へと逃げ込む。私とシュヴァルツ様も慌てて魚市場に駆け込んだ。
「こりゃすごいスコールだ」
「夏の風物詩だねぇ」
狼狽えているのは観光客だけで、地元民は悠然としたものだ。
雨はますます勢いを増し、魚市場の庇を突き破る勢いで跳ね回る。
「くしゅっ!」
時折吹き抜ける強い風に、私は体を震わせた。大雨は一瞬にして私を濡れ鼠にしていた。
「寒いか?」
少しでも体温を分けようと私の肩を抱き寄せるシュヴァルツ様もびしょ濡れだ。
「オヤジ、この雨はいつ止むのだ?」
将軍が魚市場の中年男性に声をかけると、彼は首をすくめて、
「通り雨だから長くは降らんよ。でもこの雨量じゃ街道に水が溢れてしばらく通行止めになるぞ」
そんな……。街道が冠水したら王都に帰れなくなってしまう。
「シュヴァルツ様、どうしま……シュンっ!」
語尾がくしゃみに変わった私の頭を、シュヴァルツ様が絞った自身のシャツで拭く。
「どうもこうもない。ここに居ても風邪を引くだけだ」
彼は躊躇なく決断を下した。
「宿を取るぞ」
……え?
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