第62話 将軍の相談(3)

「家令ですか?」


 ガスターギュ将軍の執務室オフィス


 部屋の隅の席で書類仕事を片付ける俺に上官が話しかけてきたのは、午前の業務時間が終わりかけた頃だった。


「ミシェルがあの家には財務担当者が必要だと言うのだ」


 抑揚のない声で喋る将軍に、俺は心の中で、(だよなー!!)と首がもげるほど頷いた。

 『あの家』じゃなくて、『将軍自身』に財務担当者を張り付かせておくべきだよ!

 やっぱりミシェル嬢も閣下のびっくり衝動買いに手を焼いていたのか。


「人材派遣ギルドから適当な人物を見繕ってもらえんか?」


 将軍の要請に、俺は思わず渋い顔をする。


「登録はしておきますが、すぐにとはいかないかと」


「何故だ? 前回ミシェルは依頼した翌日には来たぞ?」


「それは、下級使用人はなり手が多いからですよ」


 俺は首を竦める。


「しかし、上級使用人……特に家令ともなるとそうはいきません。基本的に、上級使用人は屋敷で育てるものです。従僕から執事、執事から家令のように。屋敷によって仕事もしきたりも違いますから、上の者が下の者を育てて自分の仕事を引き継がせていくんです」


「軍組織と似ているな」


 将軍の言葉に、その通り! と相槌を打つ。


「まさに下士官を上級幹部が育てる感じです。せっかく育てた人材を、自分の陣営から放流したくないでしょう? 内部情報も知られてますし。だから家令や執事は派遣ギルドの登録が少ないんです」


「ほむ」


「それに、いくら輝かしい経歴を持った上級使用人が目の前に現れても、いきなり家財の管理を任せられるほど信用できますか?」


 家令といえば、財産だけでなく屋敷全体の取り纏めもするのに。


「……確かに。敵陣営から脱走してきた将官を即座に味方陣営の中枢に置くのは躊躇われる」


「そういうことです」


 自分の説明に満足し、俺が仕事に戻ろうと書類に目を落とすと、眉間にシワを寄せて考えていた将軍が、


「トーマス、お前、うちの家令になるか?」


「嫌です」


 やべっ、即答しちゃった。


「俺、コネで軍部に入ったんですぐ辞めるわけにもいかなくて。あ、年金満額出る年齢で引退した後に雇ってください」


「そんな何十年も先の面倒まで見られるか」


 ヘラヘラと取り繕う俺を、彼はばっさり切り捨てる。

 でも、お誘いがあるってことは、財務を任せられるくらいは信用されてるってことか? それはちょっと嬉しい。ならないけど。


「そういえば、ミシェルさんへの誕生日プレゼントは喜んでもらえましたか?」


 新しい使用人の話が出たってことは、休暇をあげる話もしたのだろう。興味本位で尋ねてみると、


「出奔されそうになった」


「は!?」


 何をしたんだ、将軍。


「その後、なんだかんだで次の休みに海に行くことになった」


「へ!?」


 ホントに何があったんだ。その『なんだかんだ』が知りたいぞ!


「……って。海って、ミシェルさんと二人で行くんですか?」


「お前も行きたいのか?」


「全力で遠慮します!」


 同行はしないが、覗き見したい気分ではあるけどね。

 ……へぇ。この二人、とうとうそういう仲になったのか。

 俺はニヤけそうな顔を必死で抑える。


「海まではどうやって行くんですか?」


「馬車を借りるつもりだ」


「それなら、軍のを用意しますよ」


 我軍は、福利厚生の一環で私的利用の馬車も貸し出してくれるぞ。俺、総務だったからそういう手続き得意。


「ついでに近くの保養施設の部屋を予約しますね。何泊の予定ですか?」


「日帰り」


「えぇ!?」


 それは勿体ない!


「せっかくですから、ゆっくりしてきたらどうです? 一ヶ月くらいどーんと!」


 夏の行楽シーズンに長期休暇を取るのは当然の権利。ガスターギュ将軍だって、休暇願いを出せば通るはず……なんだけど。


「それは良くない」


 閣下は鹿爪らしい顔で俺を睨みつける。


「ミシェルは年頃の娘だぞ。と宿泊することで、周囲にあらぬ噂が立ったらどうする?」


 ……。

 ……お前ら、まだ付き合ってなかったのかよ……。

 

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