第50話 将軍の相談(1)

「失礼します。閣下、明日の会議の資料を……」


 平日の昼下がり。俺が書類を抱えて執務室に入ると、ガスターギュ将軍は頬杖をついてぼんやりと窓の外を眺めていた。


「どうしたんですか? 閣下。アンニュイですね」


「アンニュイって何だ?」


 そんな感じのことっす。

 彼は物憂げにため息をついて、


「トーマスは女性のことに詳しいか?」


「詳しいってほどではないですが、そこそこは」


 俺だって年頃の貴族令息だから、浮いた話の一つや二つはありますよ。今はたまたま彼女いないけどね。


「実は家の者が――」


 お、妖精さんブラウニーと進展があったのか!?

 前のめりになる俺に、将軍は訥々と続ける。


「――先日、誕生日だったのだが。贈るプレゼントを決めかねておるのだ」


 ……素晴らしく平和な悩みっすね。


「先日って、いつですか?」


「一ヶ月前だ」


「ってことは、ミシェルさんを雇う前?」


「勤務初日だ」


「それじゃあ、今更あげなくてもいいんじゃないですか?」


 もう一ヶ月も経ってるんだし。出会った当日なら、誕生日を知らなくて当然だから。


「別の機会に違う名目で贈るとか。一ヶ月も過ぎたのなら、もう誕生日に拘らなくても」


 俺の提案に、彼は「それもそうなのだが……」と歯切れ悪く、


「昨日、ミシェルに俺の誕生日を祝ってもらったのだ。だから、相手のたん……」


「ちょっと待って!」


 重要情報入ってた!


「へ? 閣下、昨日お誕生日だったんですか?」


「ああ」


「何で言ってくれなかったんですか?」


「必要ないだろ」


 いや、言えよ! 思いっきり上官の誕生日スルーしちまったじゃん!


「おめでとうございます。お祝いに今夜飲みに行きませんか?」


「無理だ」


 はいはい、『家の者に夕飯はいらないと伝えていない』からですよねー。知ってました!


「では、ミシェルさんにお誕生日のお祝いをしてもらったから、彼女にもプレゼントを贈りたいと?」


「うむ」


 神妙な面持ちで頷く将軍。やっと要点が見えてきたぞ。


「それなら、本人に欲しい物を訊くのが一番じゃないですか?」


 俺のもっともな意見に、彼は腕組みしてため息をつく。


「それが、家の備品ばかりを欲しがって、私的な物品を頼んでこないのだ」


 謙虚な子なのかな?


「因みに、ガスターギュ閣下はミシェルさんから何をもらったんですか?」


「手作りの室内履き用サンダル」


 靴まで作るのか。ますます親切な小人さんだ。


「相手の意向を待っていてもいたずらに時間を浪費するだけだから、問答無用でこちらから贈ってしまおうと考えたのだが。如何せん、俺には女性の喜ぶ品が判らなくてな」


 お礼の花にサボテン選ぶ人ですからね。いや、サボテンには一切罪はないけど。

 うーん。女性に贈って喜ばれる定番の物といえば……。


「アクセサリーはいかがでしょう?」


「宝飾品か?」


「ええ。石のついたアクセサリーとか、嫌いな人はいませんよ」


 俺の歴代の彼女も宝石大好きだったよ。換金しやすいからね!


「アクセサリーか……。しかし俺にはどれを選んでいいか判らんぞ?」


 でしょうね。


「そういう時は、店員に訊けばいいんです。良い品を見繕ってくれますよ」


「なるほど」


 将軍は得心がいったと頷く。


「城下通りに宝飾店があったな。帰りに寄ってみるとするか」


「それがいいです」


 あの店は、ハイクラスからお手頃な品まで取り揃えてあるもんな。店員が無難な商品を勧めてくれるに違いない。問題が片付いてほっと気を緩めたのも……束の間。


「店員に、『この店で一番良い品をくれ』って言えばいいのだな?」


「やめてください!」


 俺は思わず真っ青になって叫んだ。

 あの店には、国宝級のティアラが展示してあるんだぞ!? 城が建つ値段だって!

 ……やばい。この人、ランチのついでに豪邸買っちゃう人だから、経済観念に不安しかない……。


「すみません、やっぱりアクセサリーは却下です。他の物にしましょう」


 俺の迂闊な発言で将軍を破産させたら一大事だ。


「ふむ、プレゼント選びとは難しいものだな」


 振り出しに戻った状況に、将軍はまた頬杖をついて苦悩の呟きを漏らした。


「これなら、シュタイル砦攻略の方が簡単だった」


 ……使用人への誕プレ選びは、戦史に残る伝説の作戦級かよっ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る