第41話 将軍補佐官の言及
西の空が赤く染まって来る頃。
ガスターギュ将軍は、無表情だが明らかにいそいそと帰り支度を始める。この人って、本当に定時になったら一秒でも職場に居たくないタイプなんだよな。仕事がよっぽど嫌いなのか、それとも家が好きなのか。
……多分、両方だな。
ま、仕事はきっちりこなすから、文句はありませんが。
終業の鐘が鳴って風のように消えてしまう前に、俺は私事を切り出した。
「ガスターギュ閣下、先日は夕食ありがとうございました」
「うむ。招待した覚えはないが」
意外と辛辣っすね。
「手土産も用意せず失礼しました。これ、ミシェルさんとご一緒にどうぞ」
そう言って渡したのは、王都で流行りのパティスリーの砂糖菓子詰め合わせ。将軍は甘い物なんて食べないだろうけど、贈り物ってのは女性の好みに合わせるのが無難だからね。
「気を遣わずとも良いのに」
鹿爪らしい顔で受け取った将軍は……何故だか嬉しそうに見える。
「それにしてもミシェルさんて、若いのにしっかりしてましたね。おいくつなんですか?」
「18と言っていた。訊いても刺されなかった」
……ああ、前に俺が話した注意事項を覚えてたのか。でも、あれは社交界のマナーとして教えただけで、雇用主が従業員に尋ねるなとは言ってないぞ。
しかし、18歳なんて妙齢のお嬢さんじゃん。将軍の態度からして、愛妾として囲っているわけじゃないのは分かったが……。あの二人、妙にイイ雰囲気なのに、本当に付き合っていないのか?
……。
うずうずと、好奇心が騒ぎ出す。
「ミシェルさんて、恋人いるんですか?」
「さあ? それは訊いたことがない」
訊けよ。そこ、重要!
「えー! じゃあ、俺が狙ってもいいですか?」
あんな可愛い子なら、俺だって恋人にしたい。半ば本気で尋ねてみると、
「狙う、……だと?」
途端にガスターギュ将軍は眉を険しく釣り上げて、
「命をか?」
なんでだよ。
獰猛な狼の目つきで俺を睨みつける将軍に、俺はチビりそうになりながらも呆れてしまう。
「なんでそんな物騒な発想になるんですか。狙うっていうのは、口説いていいかってことです」
「それならそう言え」
将軍はうんざり返すが、普通は俺の台詞で伝わります。
「トーマスはミシェルに気があるのか?」
「そりゃ、あれだけ可愛くて気立てが良い子なら、お付き合いしたくなりますよ。閣下はそうじゃないんですか?」
「知らん」
……何が知らないんだ? この人もしかして、かなり恋愛に淡白? それとも疎い?
「閣下はミシェルさんのこと、どう思ってるんですか?」
「家のことを任せられる、信頼できる者だと認識している」
模範解答だな。
「それだけですか?」
「それだけ、とは?」
「女性としてどう見てるかってことですよ。ミシェルさんは初対面の俺から見ても、魅力的な女の子ですよ? 他の男が放っておきませんよ? ある日、急に
ヒートアップした俺の言及に、
「ミシェルが……余所の男と結婚?」
将軍は動揺しながらも真剣な眼差しで……、
「その時は、嫁入り道具は俺が用意すればいいのか?」
「なんでだよ」
あ、思わず声に出してツッコんじゃった。
「嫁入り道具は親御さんが用意する物でしょう。何故、ガスターギュ閣下が
ただの雇用主なのに、後見として嫁がせる気満々じゃん。
「いや、ミシェルには世話になってるし、それくらいはした方がいいかと」
「お世話するのがミシェルさんの仕事でしょうに」
だって使用人なんだから。
「そうなのだが……」
将軍は唇に手を当て、厳かに、
「戦場しか知らなかった俺に、初めて心から安らげる場所を作ってくれたのがミシェルなんだ。その彼女を幸せを願うのは、俺の思い上がりだろうか?」
「……」
……もう、あんたら結婚しちまえよ。
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