第37話 将軍補佐官のガスターギュ家訪問記(3)

「うまー!」


 口に入れた瞬間、思わず俺は叫んだ。

 皮目はしっかり焼き目をつけながらも、ぷりっぷりでシューシーな鶏肉に、コクがあるのにさっぱりとした後味のサワークリームが絶妙だ。


「このサワークリーム煮、今まで食べた中で一番美味しいよ」


「ありがとうございます」


 絶賛する俺に、使用人ミシェルはニコニコしながら少なくなったグラスにワインを注ぐ。

 ガスターギュ家の料理はどれもほっぺたが落ちるほど美味い。ジェームズの飲み会キャンセルした甲斐があった。

 しかも、給仕は可愛くて気が利く。

 口に出して頼むまでもなくワインのおかわりを察してくれるから、会話の邪魔にならないんだよな。

 宿舎暮らしの時はガザツさが目についた閣下だけど、整えられた家でどっしり構えているのを見ると、やっぱ将軍の威厳を感じるよな。


「ただいま、デザートをお持ちしますね」


 皿を下げるタイミングも完璧。


「はー、ガスターギュ閣下はいつもこんな美味い料理食べてるんですか。羨ましい」


 俺なんか、官舎の味気ない量産飯なのに。


「うむ。ミシェルには感謝している」


 ワイングラスを片手に、ふっと表情を緩める将軍。

 ……あれ? それってノロケっすか?

 ああ、いいなぁ。俺も可愛いメイドにお世話してもらいたい。

 俺の実家も使用人が十人ばかりいるけど、みんな祖父や父の代からの熟練者ばかりで、俺と同世代がいなかったもんな。


「お前にも感謝してるぞ、トーマス」


 不意に言われて顔を上げると、ガスターギュ閣下は黒い目を細めて、


「良く俺を援けてくれている。人材派遣ギルドのことだけでなく、な」


 ……人の縁は不思議なものだ。

 最初はこの辺境将軍のことを疎ましく感じてたけど……。今は、この方の元に配属されて幸運だったかもと思い始めてる。


「季節のフルーツのゼリー寄せです」


 俺の前に、可愛いメイドが丸や星に型抜きされた果物たっぷりのデザートを置く。

 やっぱりコレも美味しかった。


◇ ◆ ◇ ◆


 食後のお茶が済んだら、帰宅時間だ。


「ご馳走様でした」


「うむ、気をつけて帰れよ」


「またお越しくださいませ」


 玄関で腕組みしているガスターギュ閣下の隣で、ミシェルさんがぴょこんと頭を下げる。

 ……このお手伝い妖精、うちにも一体欲しいっす。


「ええ、ぜひまたお邪魔します」


 上官が許してくれたらね。


「あ! お昼に焼いたマフィンがあるんです。お土産にお包みしますね!」


 メイドは思い出したように手を叩くと、厨房に駆けていく。

 ……いい子だ。


「閣下、このお屋敷に使用人ってミシェルさんだけなんですか?」


 本人がいないところで、気になっていたことをこっそり確認してみる。


「ああ、そうだ」


 この規模の屋敷を一人で維持するのって、かなり大変だろう。しかし……。


「ってことは、閣下とミシェルさんは、夜も二人っきりですか?」


「そうだが?」


 ……ほほぅ。

 勝手に口元がニヤけてしまう。


「閣下もなかなか隅におけないですね」


「ん?」


「いえ、閣下だって男盛りですからね。あんな可愛い子が傍にいたら、我慢なんか――」


 軽くからかったつもりだったが、


「――ぐぇっ」


 一瞬、目の前が暗くなって、息が詰まる。

 ……気がつくと、将軍は俺の首を片手で掴み上げていた。

 喉が痛い。辛うじて床についているつま先がプルプル震えている。


「ミシェルは嫁入り前の娘だ。侮辱するな」


 将軍は心臓が凍るほど鋭い眼光で俺を睨みつけた。


「今度また下衆な発言をしてみろ、くびるぞ」


「くび……っ!?」


 ごめんなさいごめんなさい。もうしません!!


「お待たせしましたー!」


 ミシェルさんがリボンを掛けたナフキンの包みを持って、のほほんと玄関に戻ってきたのは……俺がみっちり締め上げられた後のことだった。



「では、お邪魔しました。閣下、また明日」


「うむ」


 ドアが閉まるのを確認して、俺はふにゃりと肩の力を抜く。

 実に濃い一日だった。……主に就業後が。まあ、色々面白かったけど。

 立ち直りが早いのが、俺の特技。

 腹が美味い物で満ちていると、心まであったかい。俺は足取り軽く帰宅路を歩き出し……、


「ん~?」


 ……頭の中に引っかかりを感じて、ガスターギュ家を振り返った。


「なんかあの子、以前まえにどこかで見た気が……?」

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