第38話 宴の後

 くるくると丁寧に泡のついたスポンジでお皿を擦っていく。今日は賓客用のお皿を出したから、いつもより慎重に洗わなきゃね。

 初めてのお客様で、張り切ってしまった。トーマス様に喜んでもらえたなら良かったのだけど。

 水切りカゴにお皿を立てて一息つく。濡れた手をエプロンで拭っていると、シュヴァルツ様が声を掛けてきた。


「ご苦労だったな」


「いえ、仕事ですから」


 私は使用人。ご主人様のお役に立つのが生き甲斐です。


「次は事前に予定を決める。どうも若い者は向こう見ずでいかん」


 ……あなたも十分お若いですよ。

 唸る将軍に苦笑を返して、私はふと、


「トーマス様は、貴族ですよね?」


 シュヴァルツ様は僅かに眉を上げた。


「何故、そう思う?」


「わかりますよ」


 だって、ごく自然に使用人わたしを使っていたもの。平民は人にかしずかれることに慣れていないから、あせって萎縮したり、逆に横柄になったりする。……継母や継姉のように。

 トーマス様は食事の仕方も給仕のされ方もスマートだった。ワインのおかわりを求める動作もエレガントだったしね。そういう仕草が身につく環境で育った、きっと生まれながらの上流階級だ。

 シュヴァルツ様は「ふむ」と顎に手を当てて考える。


「俺が剣を構えた相手の技量が読めるのと同じことか?」


「……多分」


 その例えが正解なのかは不明ですが。


「そろそろ厨房ここの火を落としますから、シュヴァルツ様もおやすみください」


「うむ。だが、その前にやることがある」


 彼はスツールに座って、私を見上げた。


「ミシェルの食事が済んでいない。終わるまで共に居よう」


 ……あ。


「い、いえ! 大丈夫ですよ! さっと食べて、さっと片付けちゃいますから!」


 狼狽えながら辞退する私に、将軍は否と首を振る。


「俺がここに居たいんだ」


「……っ」


 泣きますよ、そんなこと言ったら。

 食事を始める私を、シュヴァルツ様は黙って見ている。

 ……トーマス様が、彼は職場で私のことを「家の者」って呼んでいるって教えてくれた。

 使用人わたしにご主人様が気を遣わなくていいのにと、心苦しくもなるけど……。

 やっぱり、労られるのって嬉しいな。

 

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