第35話 将軍補佐官のガスターギュ家訪問記(2)

「あ、あの! 明日の午後の会合の場所が、第二会議室から講堂に変更になったとお伝えに……」


 俺の苦しい言い訳(嘘ではない)に、将軍は眉を顰めて、


「……それ、明日の朝でも間に合うんじゃないか?」


 ええ、まったくです!


「そ、そうですね。つい早くお知らせしなければと補佐官の使命感に駆られて」


 あははと笑いながら、俺は自分を立て直す。


「でも、よく俺に気づきましたね。まだ声をかける前だったのに」


 隠れていたとは言わないでおく。


「あんな露骨な視線に気づかぬわけがない」


 ……俺が鈍いのか、将軍が鋭すぎなのか。


「とにかく、要件は承知した。わざわざありがとう。気をつけて帰れよ」


 さっさと踵を返して家に向かう上官に、俺は思わず追いすがる。


「待ってください! せっかくだから、お家に寄らせてもらえませんか?」


「無理だ」


 秒で断られた!


「なんでですか?」


「家の者に来客を伝えていない。夕食時に迷惑だ」


 これまで非常識の権化だった人が、酷く真っ当なことを言い出したぞ。


「それなら、家には上がりません。玄関先までで。お家の方に軽く挨拶を。ほら、俺の紹介した使用人でしょう?」


 正確には、俺の実家が紹介した人材派遣ギルドから来た使用人だが。

 将軍は上目遣いに考えて、


「今日はもう遅い。日を改めろ」


「どうしてもダメですか?」


「だから、帰れと言っておる」


「いいじゃないですか。ちょっとご挨拶を……」


 面倒くさ気なガスターギュ閣下に、俺が必死で食い下がっていると――


「どうされましたか? シュヴァルツ様」


 ――急に、鈴を転がしたような愛らしい声が響いた。

 目を移すと、そこには……メイド服の小柄な少女が立っていた。

 メイドキャップから覗く、柔らかそうな栗色の前髪。彼女は零れ落ちそうなほど大きな榛色ヘーゼルの瞳で心配そうにこちらを窺っている。

 ……この子が、ガスターギュ邸の親切な小人さん家の者……。


「実在したんだ……」


 俺は我知らず呟くと同時に、


(なんか、思ってたのと違うっ!!)


 心の中で叫んでいた。

 え? 本当に、この子が将軍の言ってた『家の者』?

 若っ! 成人したばかりくらいか?

 小さくて料理上手で裁縫も出来てマナーまで完璧っていうから、てっきり可愛らしいおばあちゃまを想像してたのに。

 いや、想像と違うからガッカリってわけではなくて、むしろ……。


 ……はっ。


 ちょっと待て。

 将軍が雇ってるのって、の使用人だよな?

 ってことは、この子、将軍と暮らしてるの? 二人で!?

 ……犯罪?

 ここ、犯罪現場か??


 混乱している俺を置いて、トロルとブラウニーは何やら小声で話し合う。多分、闖入者おれの処遇を決めているのだろう。

 使用人が笑顔で頷くのを確認し、将軍は不機嫌そうに俺を振り返って、


「トーマス、家の家政を任せているミシェルだ。ミシェル、俺の補佐官のトーマス」


 互いの紹介をした。


「初めまして、トーマス様。ミシェルです。どうぞお見知りおきを」


 スカートの裾をつまんで膝を折る挨拶は優雅で、貴族のご令嬢みたいだ。


「トーマスです。お噂はかねがね」


 俺が差し出した手を、彼女は苦笑しながら握り返す。


「悪い噂でなければいいのですが」


 いい噂しかございません。


「お腹はお空きでないでしょうか、トーマス様。夕食の用意が出来ていますので、よろしければ」


 お、急な来客にも対応できるのか。さすが、家事万能妖精ブラウニー

 小さなメイドの背後から、頭二つ分大きな将軍が(帰れっ!)と眼光で圧を掛けてくるのをひしひしと感じるけど……。

 ええい、乗りかかった船だ!


「ぜひ。腹ペコです」


 俺はにっこり微笑んで、ガスターギュ邸へ足を踏み入れた。

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