第34話 将軍補佐官のガスターギュ家訪問記(1)
終業時刻になると、ガスターギュ将軍は間髪入れず席を立つ。
前の部署では『定時に帰るなんてありえない!』って空気があったから、補佐官になった当初は彼の行動に驚いた。
思わず、
「そんなに早く帰るなんて、なにか予定があるんですか?」
って訊いたら、
「仕事が終わった後に職場に残る理由があるのか?」
と不思議顔で返された。
……確かにないっす。
軍組織高位の将官が誰よりも早く帰るなんてけしからん、という苦情が旧体制派のお偉方から出たこともあるけど、ガスターギュ将軍は「だったら辞める」と一蹴して黙らせた。
この人、引退したかったのに、国王陛下にどうしてもと乞われて軍に籍を留めている人だから、ある意味無敵なんだよね。
お陰様で、ガスターギュ陣営の
……ってことで。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
執務室を出ていく将軍を見送ってから、俺も素早く帰り支度を済ませる。
さあ、
今日の任務は、ガスターギュ邸の
因みに、閣下が家を買ってすぐの頃に「遊びに行っていいですか?」って尋ねたら、「つまらないぞ」と断られたので、今回は強行突破だ。
「よお、トーマス」
執務室の施錠をしていると、同僚のジェームズが声を掛けてきた。
「今日の飲み会、南通りにいい店が……」
ああ! 忘れてた!
「悪い、ジェームズ。急用が出来たんだ。俺抜きで行ってくれ。また今度埋め合わせするよ!」
同僚の「えー!」と不満を叫ぶ声を背に、俺は外へと駆け出した。
◇ ◆ ◇ ◆
軍の建物を出ると、大通りで辻馬車を拾う。
「城下通りを西に」
御者に指示を出して、俺は客車の背凭れに体を預けた。
転居書類の手続きは俺がしたから、将軍の家の住所は知っている(職権乱用)。先回りして家の前で張り込んで、帰ってきた将軍を出迎える人物を見届ける算段だ。
本当は徒歩通勤の将軍の後をつけるのが手っ取り早いのだが。同行者のいない彼の歩度は短距離走者並でとても追いつけないし、追いつけたとしても、鋭敏な彼に尾行を悟られてしまう恐れがあるので馬車にした。
これがうっすら犯罪なのは重々承知だよ! ただ、純粋な若者の知的好奇心として、今回だけは見逃して欲しい。
……と、誰にともなく言い訳しているうちに、馬車は目的地に到着する。
槍柵に囲まれた前庭の向こうには、臙脂の屋根の瀟洒な貴族屋敷。
おお、結構大きい。ちょっと庭が荒れててお化け屋敷っぽいけど。
俺は柵の角に隠れて正門を注視する。
しばらくすると、ガスターギュ将軍が帰ってくるのが見えた。
宵闇にそそり立つ影は、
門扉の前で、将軍は立ち止まる。
――さあ、いよいよ『家の者』とご対面か!?
ドキドキしながら見守っていると……。不意に将軍が、何かに引かれるようにくるりとこちらを向いた。
……へ?
そしてずんずんと俺へと一直線に進んでくる。
え? バレた? こんなに暗いのに!?
逃げる暇などない。気がついた時には、上官はもう目の前だ。
「……何故、ここにいる? トーマス」
足先まで痺れるような重低音が、頭上から降り注ぐ。
ひ、ひぃ! 俺、
「あ、あの……!」
俺は必死で口を開いた。
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