第26話 休日の過ごし方
初めての時は置いていかれた道を、並んで歩く。
もう迷子にならないくらい馴染みの通りだけど、一人の時とは景色が違って見える。
「では、また家でな」
「はい」
市場に着くと、それぞれのそれぞれの目的地に解散だ。
本当は私も一緒に材木屋について行きたかったけど、お邪魔かな? と思って言い出せなかった。遠慮と干渉の境界が解らないから、人との距離感って難しい。
気を取り直して。私は一人で布屋に足を向けた。
「わあ……!」
カラフルな生地が積まれた店内は、そこにいるだけで心が躍る。
「どれにしようかな」
私の目的は、シュヴァルツ様のシャツの生地だ。自分の服は、今のところお屋敷に残っていた物をリメイクすれば足りるから、後回し。栄えあるミシン作品第一号は、出資者へのお礼でなくっちゃね。
どんな布がいいかな?
綿と麻、どっちがいいだろう?
色は? シュヴァルツ様って生成りの服が多いけど、柄物はお好きかしら?
……やっぱり一緒に来てもらえばよかった……。
さんざん悩んでから、私は白の綿布を買った。無難だけど……シュヴァルツ様の黒髪によく映えると思って。
一反の布を選ぶのに午前中いっぱいを費やして、ガスターギュ邸に戻った時には、シュヴァルツ様は既にお庭で木材を切り出していました。
足で押さえ、木こりもかくやなノコギリさばきで角材を切り分けていく将軍。
そのテキパキとした作業に暫し見入っていた私に気づいたのか、シュヴァルツ様が目を上げた。
「おかえり」
「た……だいまです」
わっ、おかえりって言われるの、なんか新鮮。
近づいてみると、材木の近くには踏み台の図面の描かれた紙が置いてあるのが見えた。
「それ、シュヴァルツ様が描いたのですか?」
「ああ」
二段の階段型の踏み台は、いかにも安定感のある形をしている。
「もうすぐ出来上がるぞ。大した運動にはならなかったな」
切った木材を組み立て、釘を打っていくシュヴァルツ様。私も板を支えて脚と天板がずれないようお手伝いする。
「随分、手慣れてらっしゃいますね」
素早く正確に金槌を振るう姿に感心していると、彼は当たり前のように答える。
「まあな。前線では色々作ってたから」
「どんな物をですか?」
ちょっとした家具か何かかと思ったら、
「進軍に合わせて砦を建てたり、一晩で橋を架けたり」
作る物の規模が違いました。
「何かを作り上げるのは好きだ。俺は……壊すことの方が多かったから」
……時々、シュヴァルツ様が寂しそうに零す言葉は重くて、胸が痛くなります。
「あとは、ヤスリを掛けるだけだな」
屈みっぱなしで体が強張ったのか、シュヴァルツ様は立ち上がって伸びをする。あっという間に出来上がってしまった踏み台。
作業が終わることが少し名残惜しそうな彼に、私はふと、閃いた言葉を口にした。
「シュヴァルツ様、お庭のお手入れをしてみませんか?」
「……庭の手入れ?」
キョトンと聞き返す彼に、私は失敗したかもと後悔する。お屋敷のご主人様に庭仕事を頼むのは失礼だったかな?
でも……。
「あの、建築にお詳しいのなら、造園にも興味がおありかと思いまして。ほら、このお庭は長いこと手つかずで荒れていますし、私も家の中のことで精一杯で、まだお庭を整備する余裕がなくて。ああでも、シュヴァルツ様が自らするのではなく、
しどろもどろで言い募る私に、彼は顎に手を当てて思案げに眉を寄せる。
「造園か……」
どきどき。
「……それはいいな」
やっぱり、好感触でした!
「実は庭は俺も気になっていた。王都の家はこういうものなのかと放置していたが、自分で改造してもいいのか」
「勿論です! シュヴァルツ様のお好きに作り変えてよろしいのですよ」
だってここは、あなたの家ですから!
「そうか」
大喜びな私に鷹揚に頷いて、彼は庭をぐるりと見渡し脳内に図面を引く。
「ではまず、正門脇の木の枝を払おう。外への見通しが悪い」
それは良い考えです。
「後は、雑草を刈って玉砂利を敷いて」
うんうん。
「外周に沿って堀を造って、
……へ?
「正門前には壁を建てて、真っ直ぐに玄関まで突破されないようにする。外壁の槍柵はもっと鋭利にして、有刺鉄線か
「ちょ、ちょっと待ってください、シュヴァルツ様!」
私は堪らず叫んだ。
「お堀とか、正門前に壁って、一体……?」
狼狽える使用人に、ご主人様は真顔で語る。
「常々、この屋敷のセキュリティには問題があると思っていた。特に日中は女一人で不用心だ。敵の侵入を防ぎ、撃退できる構造にしなければ。窓には鎧戸を付けて、地下貯蔵庫から勝手口の外に出られる隠しトンネルも掘っておくか」
……。
……どうしよう、瀟洒な貴族屋敷が要塞化してしまいます……。
侵入者の心配をするのなら、まずあの金貨の山の保管場所を作ってください。
……とは言い出せず、口を噤むしかない私なのでした。
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