第17話 給金
「ごちそうさん」
「お粗末様でした」
二人での夕食が終わり、私がお皿を片付け出す。
食器洗いが済んだら、後は自由時間だ。シュヴァルツ様は居間か自室で寛ぐことが多いし、私は部屋で本を読んだり
シュヴァルツ様が屋敷に残ってる衣類は好きに使っていいと言ってくれたから、時間がある時は、使えそうな服のサイズ直しをしている。私の私服は実家から着てきた物だけだったから、メイド服以外にも部屋着や外出着があると嬉しい。
でも、お屋敷に残してある衣類は、やっぱり不要になったから置いていった物ばかりのようで、流行遅れのデザインのドレス等が多い。
ドレスは生地は上等だけど、普段着にリメイクするには難しい。
生地か既製品の普段着が欲しいな。あと、肌着も足りない。
「……実家に戻って取ってこようか」
ぽそっと独りで零してから、ぷるぷると首を振る。
いや、実家には帰りたくない。きっと……私の物なんか処分されているはずだ。
変な話だけど……、18年間過ごしてきた実家より、一週間しか暮らしていないガスターギュ邸の方がよっぽど住心地が良い。
だってここは、怒鳴られたり馬鹿にされたりしないもの……。
「ミシェル」
「はい!?」
洗い物の最中、不意に声を掛けられて、私は飛び上がった。拍子に泡だらけの手から陶器のお皿が滑り、タライの中でガシャンと割れる。
ああ! なんてことを!
「も、申し訳ありません!」
私は慌てて頭を下げる。考え事をしてたからって、不注意過ぎる。
「お皿は弁済しますので、どうか……」
「構わん。皿なんて割れるものだ。それより怪我は?」
シュヴァルツ様は私の手を取り、掌と甲を確認する。
「傷はないな、良かった。いきなり声を掛けて悪かったな」
真っ先に私を心配してくれる彼に、何故か泣きたくなってしまう。
「あの、御用は何でしょう?」
割れたお皿を片付けてから、私から尋ねる。明日の予定の話忘れでもあったのかな? と思ったら。
「ああ、これをまだ渡していなかったから」
彼は小さな革袋を取り出した。開けてみると、中には金貨が七枚。
「何ですか?」
首を傾げる私に、彼は飄々と、
「今週の給金」
「きゅ……!?」
思わず仰け反る私に、シュヴァルツ様は訝しげに眉を寄せた。
「足りないか?」
「多いです!」
日給金貨一枚換算なんて……。庶民の一ヶ月のお給料が金貨二枚程度なのに! というか、そもそも金貨を手にする機会が滅多にないのに!
それに、
「あの、私、支度金もらってるんで、お給金は頂かないはずでは?」
実家の借金を返せる額だから相当貰っているはずで、多分それには前金も含まれているはずだ。
「人材派遣ギルドの契約書に書いてありませんでしたか?」
「読んでない」
読んで! 契約書の確認大事!
「と……とにかく! これは頂けません! 私には貰う権利がないんです!」
革袋を返そうとする私に、シュヴァルツ様は不思議顔だ。
「何故、貰う権利がないと思う?」
「……え?」
「以前、俺の居た砦では、戦果に合わせて給金の他に個別の報奨を与えていた。それで俺も出世したり金品を貰ってきた。働けば給金が出るのは当然。働きが悪ければ減給されるし、働きが良ければ報酬は弾む。ミシェルは俺の期待以上に良く働いてくれている。俺は他人の褒め方を良く知らないが、だからこそ目に見える形で報いたいと思っている」
私の手を取り、改めてシュヴァルツ様は革袋を載せる。
「これは俺からミシェルへの正当な評価だ。気兼ねなく受け取るといい」
掌から伝わるお金の重みに、私は……、
「う、うぅ……っ」
「な、ど、どうした!?」
ボロボロと涙を流す私に、シュヴァルツ様は狼狽える。
「俺、何か悪いこと言ったか? それともどこか痛いのか!?」
頓珍漢に慌てふためく彼に、泣きながら笑ってしまう。
「違うんです。嬉しくて……」
実家では、何をやっても文句ばかりで……働きを褒めて貰うことなんてなかったから。
「ありがとうございます、シュヴァルツ様。これからも誠心誠意勤めさせて頂きます」
私は深々と頭を下げる。
「うむ。だが根を詰めるなよ。無理して体を壊すより、長く働いてもらった方が俺的にはありがたい」
頷く彼に、私は微笑み返す。
世の中お金が全てではないけれど……。
『金銭』が大きな評価基準になることも、また真理。
シュヴァルツ様が私を評価してくれるのなら、それを受け止め、更に恩に報いよう。
「でも、これは多すぎるので、暫くは何も受け取りませんからね」
「む? そうなのか?」
……将軍の金銭感覚が心配です。後で人材派遣の契約書も二人で確認したいと思います。
でも、嬉しいな。これで服も肌着も買い足せる。
私は手の中の革袋を大切に握りしめた。
あと……シュヴァルツ様に何かプレゼントを買おう。
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