1章 婚約解消して、未来を変えます!
①
入学式当日。新しい制服を
「よくお似合いですわ、お
身内
でも、私が
「シドは?」
「すでに表で待機しています」
シドは私の姿を見て、どう思うかな。ドキドキしながら、エルザを
ところが、最初に私を
「「「お嬢ぉぉぉ! おはようございまーす!!」」」
我が家の
「お嬢、すっげー
「俺たちのお嬢が、いよいよ、が、学園に……! ううっ!!」
古参の者たちは、私の制服姿を見て
「ご立派になられて、俺たちは
「あ、ありがとう」
いつも思うんだけれど、なんとかならないかしらコレ。
マーカス
社交の場ではともかく、
それに、原作で悪役令嬢があの手この手でヒロインを消そうとしてくるのは、こういう家庭事情が背景にあったからなのかも、と今さらながら
マフィアっぽいなとは思うものの、悪の組織かというと実は百パーセントそうでもない。
この国は日本のように警察がいたるところに目を光らせているわけじゃないので、うちが自警団の役割も
商人や店、
私やお兄様が命令すれば、どんな悪事にも手を染める集団ではあるものの、存在自体が悪でないことはまだ救いだった。
「お嬢、どうかご無事で」
イカツイ顔のロッソが私の前にやってきた。
彼はお兄様の護衛を務める、ロマンスグレーのオールバックがダンディーな四十代。左
「今も昔も、
「あなた学園をなんだと思っているの?」
私は
ロッソは
「これは?」
「気分がよくなるもんですよ、お嬢」
「
袋の中には、色とりどりのキャンディが入っていた。
私、もう十六歳なのに……。
「ありがとう、もらっておくわ」
とはいえ、
私は袋をエルザに預ける。
すると今度は、兄のイーサンが心配そうな顔で声をかけてきた。
「本当にお兄様がついて行かなくて
二十二歳という若さで、
しかも領地の仕事もしながら、裏社会を牛耳る我が家の頂点に君臨しているからその能力の高さは目を
「来なくていいです、お兄様。
残念ながらお兄様は忙しすぎる以前に性格に難があり、妻も婚約者も
険しい顔つきが
しかも、両親
私に断られたお兄様は、カッと目を見開いて
「ヴィアラは世界一可愛い妹だ。いるだけで価値があるんだから、
「お兄様、過保護です。それに、マーカス公爵家の
見て? このずらりと並んだ悪人顔の男たちを! これを知った上で私に求婚する人がいたとしたら、ものすごい精神力だ。
けれども、お兄様は可愛い妹が心配なようで……。
「ヴィアラ、いつでも学園を
「まだ初日!」
「やりたくないことはしなくていい。それに、王子の婚約者という
「甘やかしが
家のために妹をロクでもない王子に差し出すような兄でないことには感謝しているけれど、入学式の日に辞めてもいいと言うのはどうかと思う。
私は適当にお兄様を
「「「お嬢ぉぉぉ! いってらぁぁぁぁ!!」」」
「……いってきます」
ずらりと並んだ黒ずくめの男たちにお見送りされ、私はシドと
ガタゴトと揺れる馬車の中、私はクッションを
ヒロインのいない学園生活、あの王子から
「お嬢、顔が死んでます」
「失礼ね。ギリギリ生きてるわよ」
「それと、聞いてもいいですか?」
正面に座るシドは、
彼の視線は、私の
「どうなさったので? その前髪」
昨日まで横分けだった前髪は、ぱっつんになっている。
「やっぱりわかった?」
「そりゃあ、そんだけバッサリいってたら……」
「ちょっとでも悪役っぽくないようにしてみたの。印象を良くしたくて」
横分けとかセンター分けの前髪なしは、悪役令嬢っぽいというか。だからがんばって自分で前髪を切ったのだが、私の気も知らずにシドはぶはっと
「そんなに心配しなくても、悪いことしなきゃ大丈夫ですよ。その悪役令嬢っていうのは、本当にいろんなことをやらかしてるんでしょ?」
「それはそうだけど」
まずは形から入ってみたのだ。前髪ぱっつん女子に悪い子はいない、はず。
シドは私の姿をまじまじと見つめ、
「よくお似合いですよ、その制服。どう見ても深窓の令嬢です」
「そ、そう? やっぱり?」
褒められてちょっと照れる。手のひらの上でコロコロ転がされている気がするけれど、シドに褒められると嬉しい。
「シドも同じ制服を着られたらよかったのに」
「
シドの制服姿も見たかったな。一緒に通えたらよかったと残念に思うものの、彼は三つ上だし、従者として私に
シドは今、短い立ち襟の白いシャツに黒いベスト、黒い下衣という従者としてはスタンダードな服装の上に、ダークグレーのローブを羽織っている。
ローブの首元で
この国の魔導士は階級制で、身分証にもなるブローチで階級がわかる。
魔導士の階級は
最高位は
ちなみにうちのお兄様も
「私もシドみたいに魔法が自由自在に使えれば、魔法学院に行けたのに」
シドは私が通うローゼリア学園ではなく、魔導士育成に特化した魔法学院を卒業している。しかし私に魔法の才能はなく、魔法学院の入学基準に届かなかった。
「お嬢はちょっと
私の
火の玉を作っても、指にくっつけているうちは大丈夫だが、遠くに投げようとするとすぐに
「
「聖女様のようにですか? お嬢が聖女って……ぶっ」
失礼
半眼で
私だって、実家がマフィアの娘が聖女だなんて無理があることくらいわかってる。でもまっとうに生きてきたんだから、せめてかっこいい転生チートスキルが欲しかった。
「どうせ私にできるのは、魔力を纏わせた
「
どうしてこんなストリートファイタースキルなんだろう。
できるのは、ふい
「あぁっ、思考が晴れない。もっと楽しいことを考えなくちゃ!」
「そうですよ、お嬢。学園ではきっといいことがありますって」
「本当に?」
「ええ、本当に」
シドがそう言うなら、そうかもしれない。私は満面の笑みで彼を見る。
「そうそう、お嬢のことなら俺がなんとかしますから」
お決まりのそのセリフを聞くと、いつもホッとする。
でも
いくら私の亡き父に恩があるからって、いつまでも
「ねぇ、シドは私の従者でいいの? まぁ、私みたいに高貴な美女に仕えられるなんてめったにない仕事だけれど」
「ソウデスネ、アリガタキシアワセデス」
全然心がこもってないわね!?
ぷくっと
「俺はお嬢の犬なんで、ずっと飼われますよ」
「またそんなこと言って」
とんだイケメンすぎる犬だ。
「事実ですから。あなたのお父上が、どこにも行き場のなかった俺を拾ったんですよ」
あれはシドが八歳、私が五歳の
『お父様、可愛い犬が欲しい』
あのときの
『ヴィアラに飼えそうな犬がいなかったんだよね、だから犬っぽい子を拾ってきたんだ』
王城に行って、犬っぽい少年を拾ってくるって何? 今でもよくわからない。
シドがお城にいたのか、それとも道中にいたのか、連れてきた父はもう天国に行ってしまったから真実は不明。
あれから十一年、すくすく育ったシドは立派な魔導士に成長した。今の彼なら、魔導士協会の幹部を目指すことも、
それなのにシドは、
「本当に従者で満足しているの? これからも、ずっと一緒にいてくれる……?」
「お嬢、いつになく弱気ですね〜」
そう
今はバロック殿下の婚約者だけれど、できることなら自由になった後はシドと恋人になりたい。欲を言えば結婚したい。
ただし、私たちの間には身分差があり、結婚までには
私の気持ちを知らないシドは、にっこり笑って言った。
「大丈夫ですよ! ずっとそばにいます。だって従者と護衛を一人でするんで給金は二倍もらえるし、ここほどメシがうまくて自由の利く仕事はないので、どこにも行きません!」
「そこは
じとりとした目でシドを睨む。
「はーい、ついていきま〜す」
「軽い! 軽いわ!!」
甘い言葉をかけてほしいなんて
なんだか
「私が
万が一、物語の強制力みたいなものがあったら……。ククリカがいないってことは多分強制力なんてないんだろうけれど、私がおかしくなったらと思うとシドにお願いせずにはいられない。
「従者がお嬢を
シドはあははと陽気な声を上げて笑った。どうやら、
こうして話ができたことで、前向きな気分になれた。
「よし、絶対に運命なんて変えてみせるわ! 私の人生は私のものよ!!」
両の
少しひんやりした風をかすかに感じる。
「その意気です、お嬢」
昨日
「昨日、
心配そうな
言われてみれば、
「大丈夫よ。いたって健康、問題なし!」
「本当に? もう帰ってもいいんですよ?」
シドまでそんなことを言い出すなんて、お兄様と変わらないじゃない。私はふっと笑うと、彼の目をまっすぐに見つめて言った。
「帰らないわ。自分の人生のことだもの、がんばってみる」
大丈夫、シドがついていてくれるんだから私は負けない。
悪役ではなく普通の公爵令嬢として、学園生活をまっとうする。
私はそう決心した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます