ヒロイン不在の悪役令嬢は婚約破棄してワンコ系従者と逃亡する

柊 一葉/ビーズログ文庫

プロローグ 悪役令嬢、余りました


「やっとこの時が来たわ……!」

 春の陽気がここいい昼下がり。

 メイドがれてくれた温かい紅茶から、ゆらゆらと湯気が立ち上っている。私は三枚の報告書を手に、ていないの緑豊かなサロンでくつろいでいた。

 私、ヴィアラ・エメリ・マーカスは、ローゼリア王国のこうしゃくれいじょう

 スッと通った鼻筋に、何もらずともうるおった赤いくちびる。長い淡い水色アイスブルーかみはツヤツヤのストレートで、銀色のひとみは宝石のスターサファイアに例えられるほどだ。

 今、この手にあるのは報告書という名の『国立ローゼリア学園新入生めい簿』。これからの二年間、私の学友になる者たちのリストだ。

 十六歳になると、高位の貴族令嬢や子息はみなこの学園に入学する。さすがはローゼリア王国一の名門校、おうこう貴族に始まり見知った名前がずらりと並んでいた。

 この中に私の運命をるがす女子生徒がいると思うと、きんちょう感がこみ上げる。表紙をめくる手は、いつになくしんちょうになっていた。

「ククリカ、ククリカ……、あれ?」

 私が探しているのは、ククリカ・ラリーだんしゃく令嬢。特待生として入学しているはず。

 しかし――――

「待って。コレどういうこと!?」

 どれほど探しても、お目当ての名前は見つからない。

うそよ……! だれか噓だと言って……!」

 まさかそんなことって……! そんなことがあるはずない。あっていいわけがない!

 わなわなとふるえだす右手。名簿をグシャッと音を立ててにぎつぶす。

 私は肺にたっぷり空気を吸い込み、心のままにさけんだ。

「いやぁぁぁ!!」

 どんな物語にも主人公ヒロインがいて、悪役もいる。それって当然のことでしょう?

 なのになぜ、ヒロインのククリカがいないの……!?

 

 ここは、前世で私がハマりにハマったできあい系イチャラブれんあい小説の世界。けんほうが存在するワクワクドキドキ、ファンタジーの世界観で物語は進行する。

 なんと私は、小説の世界に転生した『悪役令嬢』なのだ。

 ヴィアラはこの国の王子様・バロック殿でんこんやくしゃで、ぼうと権力、財力をそなえたごうまんなおじょうさま。十六歳になると国立ローゼリア学園に入学する。

 そこで、同じく学園に入学するヒロインと殿下がかれ合うことにしっし、それをすべくヒロインをいじめる役どころだ。

 その結果、ヴィアラは王家のいかりを買って断罪され、しょけいされる運命にある。

 もちろん、そんな未来は絶対にいや。転生したからといって、私は小説通りにバロック殿下を好きにはならなかった。だから、彼をヒロインとうばうつもりはさらさらない。

 それに、前世ではつうの真面目な女子高校生だったから、イジメをするのにていこうがある。

 前世では父の失業をきっかけに一家さん、色々な苦難をえてやっとのことで就職し、私の人生はこれからっていうときに病気であっけなく人生を終えちゃった……。

 だから今世こそは、退たいくつなくらいにへいおんな日々を過ごしたい。いや、過ごしてみせる!

 そのためには、入学してすぐにヒロインにせっしょくしなきゃいけない。「私はあなたの敵じゃありませんよ」と彼女に伝え、マーカス公爵家の権力と財力を活用し、ヒロインとバロック殿下をすみやかにこいなかにして、私はれいさっぱり婚約解消!

 そうすると決めていたのに、なぜか名簿にヒロインの名前がない!!


 私のぜっきょうを聞きつけ、従者のシドが私のそばにいっしゅんってきた。

「おじょう!? 何事!?」

 くろかみあかい目の美男子が、目を見開いてそのせいかんな顔立ちをゆがめている。シドは無礼にも背後から私のかたを強くつかみ、ガクガクと激しく揺らした。

「何があったんですか!? どうなさったんですか!?」

 うからやめて! 揺さぶらないで!

 彼の手をはらった私は、淡い水色アイスブルーの髪を振りみだして再び叫んだ。

「どういうこと!? ヒロインの名前が名簿にないじゃない! なんで? どうして!?」

 予想外の事態に、私の脳はフル回転で原作小説の内容を振り返る。

 確かストーリーは王道だった。

 主人公である貧しい男爵令嬢・ククリカが、学園で出会った俺様王子にれられて、障害を乗り越えながらハッピーエンドをむかえる。

 この小説のりょくは、ヒロインのククリカがわいいところだ。

 お父さんがさけびたりなのに、手に職をつけて養ってあげたいって……彼女のひたむきにがんばる姿は、なみださそう。めっちゃ泣ける。

「私がククリカを養ってあげる!」と何度そう思ったことか。

 前世の私は家族のえんうすかったから、ククリカががんばる姿を見て自分もはげまされていた。ヒーローである俺様王子より、けななヒロインに惚れていた。

 俺様王子・バロック殿下は、あかがみのイケメン。この国ゆいいつの王子だから、誰も逆らえない。

 容姿と身分だけがの、典型的なワガママ王子だ。

 彼は学園でククリカに出会うと、そのなおでまっすぐな性格にかんめいを受け、初めて本気のこいを知ることになる。

 ヴィアラがどんなにバロック殿下を愛していても、泣いてすがっても、婚約を解消してククリカの手を取るのだ。

 現実的に考えると、「婚約者を捨てるなんて不誠実だ」という意見もあるだろう。

 だが、ヒロインに出会った俺様王子が、改心して彼女一筋のたよある男性に成長するというのは、読者的にはキュンとなるラブロマンスだった。

 私も読者だったときは、なんの疑問もなくその展開を受け入れていた。

 それに、バロック殿下がククリカにかたむいた原因はヴィアラにもある。

 ヴィアラは幼いころから王子を追いかけ回してそくばくし、周囲にはいかに自分たちがおもい|合っているかをふいちょうする。

 だが、恋愛感情をいだいているのはヴィアラだけで、彼女が語る二人の話は全部噓。バロック殿下は、政治的な意味合いの強い婚約だということで投げやりな態度だった。

 成長と共に、ヴィアラの王子へのしゅうちゃくはどんどん強くなっていく。下級貴族のむすめであるククリカと王子が親しくなっていくのを許せるわけはなく、嫉妬に駆られたヴィアラは彼女をおとしいれるために全力をくすのだ。

 悪口を言って仲間はずれにするだけにとどまらず、男をやとっておそわせたり、わなめて罪

を着せようとしたり、階段どころかバルコニーからとしたり。

 あぁ、毒を盛るシーンもあったっけ。基本的に『ヒロインは見つけだい殺せ』というスタンスなのだ。

 もっと他にやりようはなかったの……? いくらなんでも殺人すいはダメ。

 小説の中ならば「悪役ならそれくらいやっても不思議じゃない」って思えたけれど、いざ自分がヴィアラになってみるとそんな悪行を重ねるなんて許容できない。

 そしてストーリーしゅうばん、ヴィアラの悪事は見事にけんし、断罪され、裏社会の人間とのつながりも明らかになる。

 その結果、見せしめのために国民の前に引きずり出され、あえなく処刑という流れだ。

 しかも、ギロチン。ねぇ、恋愛メインの物語にそんなざんこくなシーンってる?

 絶望にいろどられた未来が見える私は、ごく行きのレールからちゅうだつする気満々である。

 それなのに、いきなりヒロインが見つからないってこの展開は予想外なんですけれど!

「入学時点でククリカ・ラリーがいないって、どういうこと!?」

 転生したことに気づいたのは十歳ごろで、ククリカの名前を思い出したのは最近のことだ。

 今までは、ヒロインのことを考えると頭にモヤがかかったみたいだった。

 まさか、思い出したたんにヒロインがゆく不明なんて。

 あまりにしょうげき的な事実に、報告書をバサッとゆかに落としてしまった。

「一体、何がいけなかったの? どこでちがえたのかしら?」

 私だって、これまで何もやってこなかったわけではない。

 運命は変えられると信じ、前世のおくを取りもどしてすぐに死亡フラグかいじんりょくした。

 その時にはすでにバロック殿下と婚約してしまっていたので、まずは婚約解消をせいこうほうで実現しようとしてみた。

 ところが、王家と結んだこの婚約は「けいやく」であり、公爵家の娘の一存ではくつがえせない。

 パワーバランスは、王家を頂点としてたきのように垂直だった。身分制度、王制、おそるべし!

 そもそもこの婚約は、「うちの子ちょっとおバカだからしっかりした婚約者を」とおう様が前のめりで結んだものなのだ。私にきょ権などあるはずもない。

 それに、娘を愛する父とやさしい母は、私が将来王太子になることをえいなことだと思っていた。二人もまさか、バロック殿下がこうせいしないまま成長するとは予想していなかっただろう。

 バロック殿下は、子どもの頃なら大きな態度も生意気な口調もまだ可愛いと思えた。

『母上が決めた相手だから、仕方なくきさきにしてやるぞ!』

 そんなことを言っていたお子様は、まったく更生しないまま十六歳になった。

 剣や魔法のうでまえは普通レベルで、残念ながら座学は不得意。性格は傲慢で、おんなぐせも悪い。

 たくさんのご令嬢をはべらすのが好きで、婚約者である私の前でもえんりょなく令嬢たちに声

をかける始末。パーティーで会うと、「おまえもこの輪に入りたいのか? そうだろう」という目を向けてくる。

 ヒロインに出会って改心するはずだけれど、今のところはなんとも残念な仕上がりだ。

 こんな王子とけっこんするなんて、心の底からお断りする。バロック殿下を更生させるのは、彼を愛していない私には無理だ。早くヒロインに差し上げたい。

 と、なれば。殿下と婚約解消できていない今、心機一転して小説のスタート時点からがんばって、私の運命を変えよう。

 そう気合を入れ直して、入学後はヒロインと王子の出会いを演出し、二人のハッピーエンドまでしっかりおぜんてするつもりだったのに……!

「なんでいないの!? ククリカがいなきゃ、殿下をもらってくれる人がいないじゃない!」

 一体誰が殿下を更生させるの!?

 だいたい、ヒロインがいなきゃ私ってなんなの!? 悪役令嬢、余っちゃった!

「ううっ……! 嫌、あんな王子と結婚したくない」

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