エピローグ 始まりの『火種』


 魔王単体で大量の魔物軍をも上回る戦闘力を誇る珍しい魔王たち。

 そんな魔王たちの中でも飛び抜けて強いとされる8体の魔王に『原初の魔王』より授けられる偉大な称号がある。


 その称号の名は『魔王八獄傑パンデモニウム』。

 『原初の魔王』の気まぐれで決められている定期会合が始まるとのことで、参加してほしいとのメッセージ付きだったので、仕方なく行くことにした。


 そこを見て衝撃だったことが2つある。


 2回目の会合参加になるが、前回いなかった魔王が2人もいたのだ。

 1人はいつも魔王戦争の実況をしている魔王、『音霊の魔王シャープ』さんだ。この人『魔王八獄傑パンデモニウム』だったのか…。


 そしてもう一人は俺の良く知る魔王。



「……やっぱ選ばれたのかアイシャ」


「ええ、また一歩、高みへ上がれたみたいです」


「久々だな『大罪』。そこに座るといい。見ての通りだが、今回は『焔天』が『魔王八獄傑パンデモニウム』に選ばれた祝いの席だ。『大罪』が『風蝗悪魔』を殺した空席が埋まる形になる」



 アザゼルさんの淡々とした説明を全員が黙って聞いていく。

 この淡々とした感じで『風蝗悪魔』の死を告げるあたり、さすが『魔王八獄傑パンデモニウム』は同盟ってわけじゃなくて、ただ同じ称号を持った者の集まりだということがよく分かる。


 デッドスターさんは瓶の酒を飲みながら1人で盛り上がっているし、メビウスさんは前会った時と同じように、まるで空気かのように音もたてずに存在している。

 アイシャも堂々と座っているので、何やら空気感が少し重く感じる。



「まさか魔王2年目の若いのが2人も選ばれるとは驚きじゃな……こんなこと歴史を振り返っても初じゃろう……しかも2人ともSSランク」


「実況している身としては……この2体は規格外だ。でも『大罪』が選ばれているのは少し以外だな」


「自分でも意外と言っていたからな……私たちの座も危ういかもしれんな」



 ベテラン3人が仲良さげに語り合っている。

 シャープさんが『魔王八獄傑パンデモニウム』なのは驚いたが、この人が俺をここに誘き寄せた黒幕候補では無さそうなので少し安心した。

 まぁ怪しくないってのは勘みたいなところがあるんだがな……メルを連れてきたかったが、さすがに警戒されそうなのでやめておいた。


 アイシャが選ばれたのは同盟であり、それなりにアイシャを知っている立場としては当たり前に思える。

 あれだけ急激に自身の強さを高め、最近では勇者2人を難なく撃退した功績もあるから誰も文句は言えないはずだ。

 やってみなきゃわからないけど、俺が戦った『風蝗悪魔の魔王パズズ』よりも強いんじゃないだろうか? 相性の問題もあるけれど、個人的にはアイシャの方が強そうな気がする。



「さぁ……残り2人は欠席のようだな……新しく『魔王八獄傑パンデモニウム』になった『焔天』から言いたいことがあるようだが?」


「はい」



 アザゼルさんが仕切り直し、アイシャに話題を振る。

 アイシャは何やら言いたいことがあるようで顔をしっかりと上げて、とても覚悟のこもったような表情で高らかに発言をした。


 ここにいる全員の度肝を抜くような発言を…。



「『神炎の魔王』様、私と魔王戦争をして下さいませんか?」


「……は?」



 あまりの衝撃に間抜けな声をだしてしまったが、それどころじゃない。

 アイシャがメビウスさんに魔王戦争を仕掛けた!? 相手はEXランクの魔王だぞ? 似たような火系統の頂点に立つ大魔王なのに……さすがに無謀じゃないのか?


 そういえば俺も『風蝗悪魔』に挑んだんだったな……人のこと言えないや。


 アイシャはまっすぐメビウスさんを見つめたまま視線を変えない。メビウスさんは目を瞑っており、少しの静寂が空気を重くする。



「ハッハッハッ! 本当にぶっ飛んだ若僧たちじゃな! 『大罪』に続き『焔天』までも先輩に挑むとは面白い! せっかくなら儂に挑んでくれたなら良かったんじゃがな!」


「私も期待のルーキーと一戦交えたかったね。何故『神炎』なんだい?」


「私の魔名ランク上昇の条件に関わっています」


「……なるほど」



 アイシャの魔名ランクに関わることのようだ。

 『豪炎』の時と同じ感じで『神炎』の魔名が最終ステップの条件と言うことだろうか? できれば俺の魔名ランクアップの条件も誰か教えてくれないだろうか?


 アイシャに挑まれたメビウスさんは特に言葉を発する訳ではなく、アイシャの視線に特に怯むことなく、変わる雰囲気で何やら考え事をしているようだ。


 そして満を持してメビウスさんが口を開いた。



「今のアナタでは私には到底敵わない……そこの彼が同盟だったはずだから、彼が出てくるならば話が別だけど」


「1対1なのであればソウイチに頼ることはしません……今は届かずとも魔王戦争は申告から30日後に行われるので時間はあります」


「……そう」



 メビウスさんの言う通り、さすがのアイシャでもメビウスさんには届かないと思う。『神炎』の能力は分からないけど、さすがにEXランク魔名の魔王だ。同じ系統ならば、さすがにランクが上の方が強いのが基本だったはずなので、余程な勝てる手段が無い限り挑むのは無謀なはずだが、この30日間で戦闘力差を埋めると自信満々にアイシャは言い放つ。


 メビウスさんの『神炎』が魔名ランク上げの条件なのに、どうやって戦闘力の差を埋めるつもりだ? さすがに配下の魔物もメビウスさんのほうが充実してるとは思うが…。



「面白そうな話をしてるじゃねぇーか」



 不意に鳴り響く少し低めで、どこか鋭さを感じさせる声。

 コアの転移機能で入ってきたのは、3mほどの筋肉隆々とした黒い雄鬼だった。

 ドスッドスッと大股で歩いていき、席に豪快に座る姿は少し小物感を感じるが、纏う雰囲気はさすが『魔王八獄傑パンデモニウム』というだけあって強者の風格そのものだった。


 初対面なのに凄い視線を感じるな……。



「可愛い後輩たちが魔王界を盛り上げてくれる……随分舐められたもんじゃねぇーか」


「遅刻しておいて騒がしい奴だ……まずは自己紹介でもしたらどうだ?」


「おぉ! そうだったなァ……『破王鬼の魔王ゴウキ』ってもんだ」



 他の魔王のほうをまったく向かずに俺の方にばかりニヤニヤと視線をむけてくる『破王鬼』、この時点で嫌な予感がするから手早く帰りたい。

 実力はあるんだろうが、なかなか波長が合わなさそうな魔王なので、できれば今後とも関わりたくない部類の奴だ。


 俺にばかり視線をむけていた『破王鬼』は俺の反応に満足したのか、アイシャに魔王戦争を挑まれて考え込んでいたメビウスさんにへと視線をむけた。



「『神炎』よ……ここで借りを返してもらうぜ。俺とそこの餓鬼をあのルールでやらせろ」


「……相変わらず横暴な奴だ」



 俺のことを指さしてギャーギャーと騒ぐ『破王鬼』。

 あのルールって奴が何かは分からないが、余程自信があるところを見ると、メビウスさんに相当な貸しと俺に勝つ算段がついているようだ。


 メビウスさんは少し悩んだ後、アイシャにむけてとある条件を付きつけた。



「『焔天』との魔王戦争を受ける条件は……明日から60日後に配下魔物無しの1vs1ルールで2試合……最初に彼と『破王鬼』で、次に私たちでやれるならば戦争を受けても良い、もしダメならばアナタとはやり合えない」


「60日か……筋肉を温めるには良い感じだな。パズズの仇でミンチにしてやんねーといけねぇーからなァ」


「………」



 完全に巻き込まれ事故にだ。

 過去に魔王戦争で魔王だけが戦場に出る特殊ルールでやっていたのは知っているが、まさかそれで挑んで来るなんてな。

 俺からすれば絶対に受けないような条件だ。


 アイシャの方を見ると、俺を巻き込んでいるからか、どうしたもんかと悩んでいる。

 魔王戦争の挑戦回避をする方法はいくつか存在するからな。大魔王で『魔王八獄傑パンデモニウム』ならば、そこらへんは熟知しているが上での発言だろう。


 60日後……約2カ月後か……どうしたもんか、完全に向こう有利な条件だけど、ここまで喧嘩を売られて黙って逃げるのは『破王鬼』に馬鹿にされそうで許せそうにないな。


 現実的には、さすがに俺単体だと『破王鬼』に現段階だと確実に敵わないから悩ましいところなんだが……。


 俺は軽くアイシャに視線をむける。


 アイシャは俺の表情を見て、色々決断してくれたようだ。


 魔王界ってのは……本当に自分勝手奴らの集まりだなと心底思わされるよ。


 



 

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