第6話 人間の『お願い』


――迷宮都市アーク 商業区域 とある宿



 四大学園の面々がアークにやってきて4日目の朝。

 ルークたち学生5人と元勇者である本橋恭弥、そしてカノンにアルバス、ソラは沈んだ空気の中、宿にある休憩所で、机の上に置いてある1枚の手紙を囲むように座っていた。



「『儀式の生贄に最適なので拝借致します。ユートピアで会いましょう』……ふざけやがって……」


「『八虐のユートピア』か……」



 恭弥が目が醒めてエルに声をかけようと思った時には、この手紙が1枚置いてあるだけだったようで、街の中を必死に探したが気配も感じられず、ルークたちに相談した結果、ユートピアという言葉と、元勇者の恭弥からエルを攫った実力を考えた結果、『八虐のユートピア』の仕業であると考え、カノンたちを呼んだのだ。



「間違いないだろうね。どうにかしてエルちゃんを取り戻さないと」


「俺が気付けなかったってことはエルの能力を発動させられて、部屋から出された可能性がデカい」


「アタシが覚えてるスキルで街の気配を探ってみても、何にも残ってないわ。たぶん街の外でどっかに転移したんでしょうね」


「転移となれば捜索範囲が広がりすぎる」



 元『七人の探究者セプテュブルシーカー』たちのあまりの冷静さに、学生であるルーク以外の4人はまったく付いて行けず、各々がヤバい状況であるのを感じているのと同時に1度対決している『八虐のユートピア』との2度目の対戦可能性を感じて緊張している。


 恭弥は完全に冷静さを失っている。自身の『破滅の予言』はエルに対しては効果を発揮できないのだ。エルの『認知の隙間を生きる者コード:アンノウン』に自動的に阻害されてしまうので、気付くことがまったく出来なかった自分に憤慨している。


 そして面々にとって厳しいのは相手が掴めているのに、そこから進めないと言うことだ。

 エルの力を利用され、そのエルが相手にとって都合の良い相手とも直接言われているのに、追うことすらできないというのが、激しいもどかしさを生み出している。


 ソラが使える追跡に役立ちそうなスキルもエルの能力で痕跡すら認知させないことで防がれている。

 逆にソラとしては1度エルに会って能力を見せてもらえれば、いいスキルが出来そうと考えているが、認知出来なかったら勉強もクソもないなと、少し楽観的である。



「頼むしか無さそうだね!」


「あぁ……交渉の余地はあるだろう」



 カノンとアルバスは顔を見合わせて、とある人物に声をかけてみることに決めた。

 他の7人は何のことだが、さっぱり理解が出来なかったが、僅かな望みをかけて、全員でアーク中央にあるルジストルの館に向かうのであった。








――迷宮都市アーク ルジストルの館 会議室



 朝1からカノンとアルバスに呼ばれたので何事かと思って、ルジストルの館にある会議室に来たら、四大学園の学生たちと元勇者、カノンにアルバス、そして昨日メルとカノンが教えてくれた『未知の探究者・ソラ』とやらが集まっていた。


 そういえば夜中にエルちゃんがアークから出て、どこかに消えたんだったな。きっとその話なんだろう。


 こんなにもポンポンとイベントが起きると、何かしら誘導されている気がして嫌気がさしてくるが、とりあえず話は聞いてみるとしよう。



「わざわざ呼び出して……何か急用か?」


「学生さんたちに話をしてもいいかな?」


「聞くなら最初っから呼ぶなよ」


「ごめんなさ~い♪」



 カノンが軽い感じで謝ってくる。余裕がある感じに見えるが、そこまで頭が回っていなかったってことは余裕が無いってことだな。

 ソラってやつの視線が俺じゃなくて、後ろにいる阿修羅とメルに向かっている気がするが、そこらへんは置いといて自己紹介をしておくべきだな。



「俺は『大罪の魔王ソウイチ』だ。この街アークを治めている王でもある」


「「「「えっ!?」」」」



 意外にもルーク君は驚かなかったようで、なんとなく分かっていたみたいな顔をしている。

 とりあえずカノンとアルバスが俺に対して色々説明をしてくれている。

 2人の説明を聞いて、少しは信用をしてくれたようで学生4人も落ち着いてくれたようだ。まさか自分たちに対して色々準備してくれていた街の長が魔王だとは思わなかっただろうし、魔王の治める街がここまで平和だとも思わなかったんだろうな。



「俺の相棒が『八虐のユートピア』に連れ去られたっていう話なんだ」


「…カノンがやられたっていう集団だったか?」



 恭弥が1枚の紙を見せてくれる。

 確かに文面にはユートピアって書いてあるけど、それだけで断言しているってことは、それだけ付き合いがあるってことなのか。



「昨日街に目視出来ないように入ったのは15時頃に街に来た、そこの少女だけだぞ」


「……バレてたのね」


「あぁ…俺の配下は最高に優秀でな。しかもエルちゃんが街を出ていくときも1人だった」


「っ!? 知っていたのか!?」


「あぁ…寝ていたから気付くのが遅くなって、様子を見に行こうとしたときには街の外に出て転移していったな」


「くそっ!」



 さすがに普通じゃ転移された後に追うのは難しいから、手遅れって感じてしまうだろうな。

 可愛らしいベレー帽が急に視界の前に現れて揺れている。



「……なんの真似だ?」


「お願い! 魔王さん助けてください!」


「……俺からも頼む」



 カノンは俺の目の前で両手を合わせてスリスリしている。アルバスもしっかりとした姿勢で頼み込んで来る。

 正直、俺としてはアーク内で事件が起こったならまだしも、アーク外でエルちゃんが勝手に転移していったようにしか感じなかったので、介入するのもどうかと感じたけれど、『八虐のユートピア』の仕業って確定しているのなら、少しくらい手伝うのも嫌な話ではないけども……。



「魔王相手に『お願い』だけで動かそうなんて思わないほうがいいぞ。俺は優しいかもしれんが、無償でなんでもやるほど甘くはないからな」


「魔王さんのケチー!」


「ケチで悪かったな」



 とりあえず目の前で頬を膨らませているカノンのほっぺを引っ張っておく。

 かなりフランクな魔王に見られているであろうが、しっかり魔王としての威厳を保っておきたいし、何よりこの交渉は将来のためになりそうな気がするから、無償で手伝ってやるなんて絶対にしてやらないぞ!


 さぁ! 学生の諸君! アークで働きますと言ってくれ!



「むぅ……そこはビシッと手を貸してくれるものが王じゃないのかしら?」



 王国貴族の娘、シェイラちゃんがここぞとばかりに意見を入れてくる。少し王への理想ってのが高すぎるな。魔王に対して普通に話しかけてきたのは素晴らしい点ではあるけどな。


 まさかの乱入に空気が少しだけ凍るが、俺の立場もしっかり明確にしておかないといけない。



「エルちゃんがアークの住人ならば話も分かる。しかし相手はアークの人間でも無ければ、自分からアークの外に出て転移していった者だ。本来なら伝えてやる義務も無ければ、条件次第では手伝うなんてことも言わないような相手だ。だがアークの仲間でもあるカノンとアルバスの頼みだから条件次第では手を貸すと言っている」


「お二人の頼みでも無条件とは行かないんですか?」


「それは命を救ったという貸しを2人が返し終わってから始めて考えることだな。どうしても無償で手を貸してほしいなら、俺を組み伏せるくらいの力を示してみてからだな」



――ガシャァァンッ!



 俺が言い終わると同じくらいに、俺の真横に素早くやってきて、何かをしようとしていたソラとかいう少女を阿修羅が叩き伏せている。

 正直最初から何かしてやろう感がプンプンだったから、話を進めるためにも釣らせてもらった。メルも俺の考えを読んでくれていたのか『歪み渦巻く怒りの海リヴァイアサン』を出してはいない。


 カノンとアルバスはやってしまったという顔をしていて、他の連中はビックリ仰天っていう感じだ。

 まぁEXランクの冒険者が簡単に叩き伏せられるってのは人間的には考えられない話だろうからな。



「まったく……元同僚の躾くらいやっておいてくれ。ここに来た時から殺気まみれだったぞ」


「挑むなとは言っておいたんだけどな」


「……若、いつまで組み伏せておけばいいんだ?」


「もうそろそろいいぞ」



 床に身体ごとめり込んでいるが、呼吸は出来ているようなので生きてはいるだろう。

 まぁさすがに阿修羅の能力である程度制限かけれているから、ここらへんでやめておくのが正解だろう。

 阿修羅が距離をおくと、ゆっくりと立ち上がって俺のことを凄い顔をして見てくる。プライドに障ったかどうかは知らんが、なんとなく気まずい感じだ。



「面白いじゃない……」



 凄い顔をした後は、何かを思いついたかのように笑っている。読めない少女で少し怖くなってきたぞ?


 それにしても、こんなポンポンとイベント事が堂々と起きるなんて……誰かが作った物語みたいで面白いもんだな、この世界ってのやつは……。



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