第17話 『天風』の意志



「さぁ! 私の力に飲まれてしまいな! ラムザのところへ送ってあげるよ」


「……まだ師匠に顔合わせする訳には行きません」



 たかが数カ月の付き合いだと思われるでしょう。

 私の前に立ちふさがる『水の魔王』は私の何倍もの時間を師匠と過ごされた仲。それからすれば私の時間なんて無いに等しいのかもしれません。


 それでも、師匠が私に授けてくだったモノの大きさは、測ることなんて出来ないほどの素晴らしいモノでした。

 魔王としての誇りや在り方、師匠の魔王としての姿勢はどの魔王よりも気高いものであったと思いますし、そんな中でも私に目を付けてくださって、多くのことを授けてくださった師匠をガッカリさせるなんてことはしたくありません。



「私には最強の魔王になり、全ての生命に魔王としての威厳を示すという夢があるのです」



 配下のほとんどを一撃で沈められてしまった中では格好がつかないかもしれませんが、私は最強の魔王になりたい。

 今は手段を選ばずとも、いずれは誰もを圧倒出来るような魔王へと…。



「今一度、全ての火を灯しましょう」


「いくら魔物を復活させれるとは言え、私の波中じゃ無力だよッ!」



 私は多くの魔力を放出し、配下の魔物たちに再び復活の火を送ります。

 

 ……この展開は最悪の流れではありますが、想定していたわけではありません。

 魔物の数に質、魔王としての経験も全てが劣っている私が勝利するには、短期間で魔王を引き釣り出して、魔王本体を確実に仕留めること。


 長期戦では確実に不利な私は、最初から能力を全開で使いながら、あと数歩で負けてしまうという展開を続けて、『水の魔王』本体や切り札を出させて、それを確実に叩くことしか思い浮かびませんでした。


 そして魔王同士の戦いでも分が悪いかもしれませんが、『焔』がSランクになったことで使用できるようになった能力に賭けるしかありません。



「みんな……再び宿った生命の火を…今は弱い私に……力を貸してください」



 大波に攫われながらも再び灯った火の数々が、またもや消えていき、黄金の輝きとなって私のところへと一瞬にして集まってくる。

 ドラコーン以外、全ての魔物の生命の火を取り込んでいく。



「『水の魔王』……貴方に『天風』の意志を受け継いだ王の力を示してみせます」



 大切な魔物たちの『火』を無駄にはしません。









 『水の魔王』とイデアが分析してくれた結果判明した『セイレーン』というSSランクの魔物による連携攻撃で、ドラコーン以外の魔物が一撃で全滅してしまった。


 ドラコーンの攻撃も水を少し蒸発させるだけで、セイレーンには届いていないし、『水の魔王』にもダメージを与えることが出来ているようにも見えない。


 そしてアイシャから復活能力を使う時の魔力を放出を感じる。



「復活させても波に飲まれたままだぞ?」



 アイシャのいるダンジョン入口までも間もなく到着してしまう激流に飲まれているアイシャの魔物たち、復活して少し強化されたところで、どうやって抜け出して戦うというのだろうか?


 アイシャの力で再び火が宿った魔物たちが、光の粒となって消滅していく。



「どうなってるんだ?」


「魔物たちの魂を吸収している」



 大量の光の粒がアイシャの方へと吸い込まれるように集まっていく。

 眩い輝きを放ちながら、アイシャのいたところは大炎上している。凄まじい魔力の集まりを感じる。


 そして1匹だけ残されたドラコーンがどこか寂しそうな雰囲気をしているように感じた。魂を吸収していると言うことは魔物は消滅したということだ。DEを使えば呼び出せるが、真名を授けた魔物は元通りにはならない。


 それに一気にどれだけの魔物を吸収したか分からないけど、アイシャの魔力が膨れ上がっていき、俺たちがいる上空までも熱くなっていく。



――ジュゥゥゥゥゥッ!!



 激流はアイシャに近づいただけで、どんどん蒸発していき、凄まじい量の水蒸気が戦場を包み込んでいく。

 シンラの力で俺たちは燃えることはないだろうが、邪魔にならないようにさらに上空へと距離をとる。



「あんな魂を一気に吸収するなんて無茶な真似だけど、賭けは成功したみたいね」


「えぇ……かなりの熱量です」


「暑いよ~、ますたー」


「自軍の魔物を自分の力に変える……しかも真名持ちもなんてな」



 アイシャから発せられる尋常じゃない魔力と熱量は立っているだけで『水の魔王』から放たれた激流を蒸発させていっている。

 水蒸気が凄すぎてアイシャの姿が見えないけれど、アイシャが居たところが燃えているのだけは確認できる。


 ……さすが俺たちルーキーで1番と言われる魔王だよ。










『な、なんと!? 1匹を残して全ての魔物を吸収してしまいました! 『水の魔王』の攻撃を弾いております! しかし水蒸気で様子が見えません!』


『……真名持ちの魔物すら取り込むなんて、どんな力なのやら』



 実況の2人も思わず驚愕してしまうような光景。

 『水の魔王』が放った激流を、立っているだけで無に帰しているアイシャ。真名持ちの魔物すら自らの能力で消滅させてしまう行動に、モニターで観戦していた魔王たちも度肝を抜かれる。


 同じ種類の魔物をDEで呼び出すことは出来るが、真名を授けることが出来る回数が戻る訳じゃないので、今のアイシャの行動は数体の真名持ちを一気に失ったと言うことになる。



「ガンダルイーダ、ティロン、ガガマル、ダゴク、そして私を支えてくれた全ての魔物たち……みんなの魂の火を背負わせてください」



 ヴォジャノーイの放った激流の全てを蒸発させ、水蒸気の中から優雅に出てきたのは、赤色だった髪は黄金に輝きながら少し燃えており、周囲を燃やし続けながら歩いているアイシャだった。

 

 圧倒的威圧感と熱量。

 ヴォジャノーイはまだ距離があるのに自分の身体が蒸発していきそうになっているのを感じる。

 セイレーンの歌もまったく効いている様子が無く、ただただ優雅に近づいてくるアイシャに恐怖を感じ始めてしまう。



「な、何をしたって言うんだい!?」



――ザバァァァァァンッ!



 ヴォジャノーイが再び激流をアイシャに向けて放つ。

 

 しかし、放たれた激流は、まるで水から急に火へと変わったかのように戦場は一瞬にして火の海へと姿を変える。

 そしてアイシャの足下から広がる黄金の波動。



「私に灯る魂の火は、貴方に消すことは出来ません。『幕引きの篝火イグニス・ゼーレ』」



 真っ赤に燃え続ける火の海が黄金の炎に変わっていく。

 

 アイシャがドラコーン以外、全ての魔物を魂の火として吸収した能力、それは『生命の炭』という力だ。魔物を消滅させて吸収することで自分の力を上昇させることが出来るもので、真名持ちを吸収すればランクすら変えてしまうという禁忌の技。


 アイシャはドラコーン以外の全ての魔物と4体の真名持ちを自身を燃やす燃料へと変化させ、今ここに『焔』の魔名は『焔天』へと昇華する。


 輝く炎は火属性のものではなく、ただ燃やすという概念を付与するだけの魔力。火耐性だろうが火を吸収する能力、それに火を鎮火させようとする水だろうと等しく『燃やす』という概念を与えることが出来る焔。



「何故だ!? 何故私の体が燃えるている!?」


「貴方が言った通り、この世は弱肉強食。私は貴方を喰らい、この世界に覇を唱えましょう」



 ヴォジャノーイとセイレーンの体にも黄金の火が宿る。

 水で出来ている自身の体が燃えているという現象を受け入れられないヴォジャノーイは巨体を震わせて藻掻き苦しむが、その火が消えることはない。



「くそッ! ならばダンジョン事沈める!」



 黄金の火に包まれる中、ヴォジャノーイの体がさらに大きく膨らみ始めた。

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