第12話 予言された『突然』



 

 バベルと戦っている鬼は、自分に起きている現象を理解できずにいた。


 地面から飛び出してきた鉄の大棒は回避しきれていなかったが軽く掠った程度だと認識していたのに、打ち上げられた瞬間に鳩尾に激痛が走り、次の技が回避しきれなかったのだ。


 そして鬼は自分の身体からは謎の黒オーラが放たれていことに気付く。

 しかし、じっくり考えさせる隙をバベルが与えるはずもなく。



「行くぞ!」



 バベルが鬼に向かって走り出す。

 鬼は迎撃の構えをとり、間合いに入ったところで拳を打ち込むために踏み込もうと思ったその時。



――ズルッ!



 何故か鬼の足が滑る。

 ぬかるんでもなければ、崩れてもいない足場のはずなのに。

 前のめりになった鬼に剣に魔力を纏わせていたバベルの容赦のない一撃が襲う。



「はぁっ!」



――ズバッ!



 首は狙えなかったようだが、バベルの一撃は鬼の右腕を綺麗に切り裂いた。

 後方に吹き飛んで無造作に地面に落ちる鬼の右腕。


 大量の血を流しながらも、再び鬼は自分に起きた現象に混乱を隠せずにいた。



「考えても意味などない! 終わりだ! 『塔の鳥籠タワーズ・メイデン』」



 バベルが一番最初と同じように16本もの鎖を鬼に向けて放つ。

 一度跳んで回避できることを確認している鬼は再び躱そうと足に力を入れた時。



――ブチッ!



 鬼の右脚のアキレス腱あたりから何かが切れる音がした。

 鬼の体勢が完全に崩れていき、そこに16の鎖が拘束するように巻かれていく。


 鎖に全身グルグル巻きにされ宙に浮かべられている鬼にバベルは終わったと興味を無くしたように視線を街にむけて走り出す。


 鬼に降りかかった、数々のあり得ないような不運の連続。


 これが『ザ・タワー』の力の1つ。バベルの攻撃を受けた相手に自身が破滅する未来へ向かうように突然の理不尽な災難が起こり続けてしまう能力。バベルの魔力を受ければ受けるほど災難の理不尽さは増していく。


 鎖の拘束から抜け出せるほどの力はなく、黒いオーラはバベルの能力が適用されている証で、バベルが許可しなければ解除されないので、追ってくることは不可能だろうと判断した結果、バベルは先を急ぐことにしたのだ。







――ルビウス 南門



 バベルは全速力で走ってきて門までたどり着いたが、門の前には見覚えのある男が優雅に煙管を吹かしていた。



「何故ここに……」


「そりゃ用事があるからさ」


「転移魔法が使えるのか…」



 アークで出会った人物が、まさか自分たちよりも先にルビウスにいたことに驚いたが、それ以上にルビウスが静まり返っていることがバベルは気になって仕方が無かった。



「ルビウスで何をした?」


「言ったであろう。若を舐めると地獄を見ると」


「だが私の能力では何の反応も無かったはず…」



 バベルは確かに阿修羅を斬っていた。

 傷を負った対象に条件を指定すれば必ず発動する力なのだが、前に使用したときはバベルに対して嘘や隠し事はしていないという判定になったはずなのだ。



「どういうことだ」



 阿修羅に向けて正眼の構えをするバベル。

 武器を向けられた阿修羅はバベルの殺気をそよ風とも感じず、煙管を吹かして脱力状態を維持している。


 バベルは阿修羅から放たれる濃密な殺気を思い出す。

 


(団員を先に行かせたのは失敗だった! くそ団員たちはどこへ消えた!?)



 自らの失敗を心の中で咎めるバベル。

 あまりにも早急すぎた判断だったと反省をするが、すぐに気を取り直して阿修羅を見た時には…。


 すでに阿修羅の姿はなかった。



「『怒りの鉄塔』!」



――ドドドドッ!



 咄嗟に自分を囲むようにしてスキルを展開するバベル。

 自分の中では一瞬も隙を見せたつもりじゃなかったのにこの速さ。

 そして今も阿修羅がどこに行ったか分からないバベルに対して、上から声がかかる。



「良い反応だったな」


「くっ! 『塔の鳥籠タワーズ・メイデン』!」



 16の鎖が阿修羅に向かって勢いよく放たれる。

 バベルが展開した鉄の大棒に乗ってまだ煙管を吹かしている阿修羅。

 向かってくる鎖に対して阿修羅は特に何もしない。


 そうして鎖が阿修羅に当たるかと思われた瞬間。


 鎖は粉々になって砕け散った。



「なっ!?」


「騎士と言うから剣技かと思えば、随分とつまらん技だ」



 阿修羅が言うとバベルが展開した『怒りの鉄塔』も崩れさってしまった。

 優雅に地面に着地する阿修羅に対して、間合いであるはずなのに剣が出せないバベル。


 何をしたのかも分からない状況の中だが、バベルは冷静に分析をする。



(前に能力が通じなかったのも、今スキルが消されたのも同じ力だと考えたほうがいい)



 具体的にどのようなアビリティやスキルなのかは見当もついていないが、その考えをしてからバベルの行動は速かった。



「土魔法「ガイア・インパルス」そして「マザーズ・ロック」」


「『大武天鬼嶽道』発動」



 互いに能力名を言い放つも何も起こらない。

 冷静に分析をしていたバベルも今回は驚いたような表情を隠せない。

 魔法が発動しないというのはいくつか条件があるが、バベルから見た限りでは何かをされた痕跡が見当たらないのだ。



「…さぁ騎士様の剣技とやらとしか使えんようにしてやった。ぜひとも魅せてくれ」


「な、なんだと?」


「これで存分に騎士の剣技とやらが見れそうだ」



 『大武天鬼嶽道』の力の1つ。阿修羅が接近技と認識している技のタイプに該当しないスキル・アビリティ効果は発動することができない技。

 このアビリティもずっと発動させ続けていると仲間に迷惑をかけるからOFFにしていたのと、バベルの戦闘スタイルを確認するために使わないでいたのだ。



「そんな封印技があってたまるかっ」


「なんだ? 『ザ・タワー』とやらの力を擦り付けるだけの女か?」


「くっ!」



 阿修羅は副団長クラスの武技を見ておきたいという計画があったため、能力を少し封じられただけでここまで狼狽えている姿を見て失望してしまう。


 バベルの戦い方は『ザ・タワー』が前提になっており、習得した魔法も『ザ・タワー』との相性で覚えたため封じられると厳しいのが現実だ。



「それと戻ってきたぞ」


「何!?」



 バベルが先ほど倒したと思っていた鬼が走って戻ってきている。


 阿修羅がバベルの能力を封じたことで拘束が解け、阿修羅が手を加えて創り出した鬼本来の再生力でアキレス腱もなんとか再生したので再びバベルを狙って向かってきているのだ。


 鬼は先ほどまでの鬱憤を晴らすためにもとんでもない勢いで跳んでくる。

 まさに鬼の形相をしており、『ザ・タワー』を封じられているバベルはなんとか避けて距離をとるしかできない状況になってしまった。



「パラディン・ストライク!」



 多くの騎士が習得している剣を使用した刺突技。

 しかし剣技の技量と元のステータスが高くないバベルの攻撃は身体能力で戦う鬼に当たらない。

 逆にカウンターの回し蹴りを受けて吹き飛ばされる。



「くっ!」


「がぁぁぁぁぁ!」



 鬼の猛攻をやりすごしていくバベル。

 手数と速さ、それにパワーも兼ね備えている鬼の攻撃に、なかなかバベルも攻略の糸口を探すことができない。

 『ザ・タワー』の力は魔法系統や精神異常系統ばかりなので阿修羅とは相性最悪、しかも付与魔法もかけることができない状況で鬼と戦わされている。



「はぁ…はぁ…卑怯な」


「卑怯? そこの彼は剣技のみのスキルで頑張っていたぞ」


「そこの彼だと?」



 阿修羅はバベルが戦っている鬼を指さす。

 魔物名は分からないが、どこからどうみても鬼だ。


 バベルに脳裏に嫌な予感が過る。



「その鬼は騎士殿の部下が変身した姿だ。やりすぎると死ぬから気を付けてくれ!」


「どこまでも惨いことを!」



 これが『暴虐フォルテ』の大罪を司る鬼神・阿修羅なのだ。とにかく相手を

弱らせ窮地に陥らせる。

 相手が弱れば弱るほど強くなる大罪。傷を負おうが精神的に追い詰められようが、デバフをかけられようが、なんであれ相手が弱れば弱るほど強くなる。それが『暴虐フォルテ』なのだ。


 単純に現状では敵わない戦闘力に加え、戦っている相手が自分の部下だと知らされ動きが鈍り、攻撃を少しずつ受け始めているバベル。

 ついには蹴りを直撃されて倒れてしまう。



「はぁ…はぁ…はぁ……く…そ……」


「終戦だな」



 阿修羅が囁くとバベルと戦っていた鬼が動きを止め、意識を失い倒れる。

 倒れた鬼の身体が縮んでいき、1人の男騎士の姿になった。そのまま気絶し起きる気配のない部下をみてバベルも安心と同時に気を失った。



「若に報告するか」



 これで残るは師団長だけだなと思いながら、阿修羅はどこかで時間を潰しているガラクシアを探しながら領主の館へと歩き出した。






 

 

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