悪役令嬢に転生したのに姫様候補のメンタルが弱すぎて本日7度目の転生を迎えます

富士隆ナスビ

私の名前は"ベロニカ"

幼い頃からこの侯爵様のお屋敷でお世話になっています

けれど、侯爵様の許嫁である"エリカ・リズレット"お嬢様に虐められ…


そして…




時は西暦っぽいそうでも無さそうな曖昧な時空。もうどこでもいいから早くこの拷問から解放して欲しかった


「上等なトパーズを胸元に光らせていれば侯爵様が寄って来るだなんて考えは、貴女みたいに下等な家畜だけが妄信してらっしゃる淫猥いんわいな浅知恵だって事が分かっていただけたかしら?とっとと私の目の前から消えてくださらない?」


これだけ言えば侯爵様も私の性格の悪さに見限って…


さぁ助けて差し上げなさい愛しの姫様を



「申し訳ありませんでした──」



そう、これなのよ。この子ったらあまりにもメンタルが弱すぎてこのまま崖まで走って行って…



「エリカお嬢様」


「小間使いのベロニカが死にました」


「そうなのよ、死ぬのよあの子…はぁ~…」



あまりにも口汚く罵るとすぐに命を絶ってしまう…

しかも侯爵は侯爵で、『いや…聞き間違いか…?』みたいな顔で様子見している

どう聞いたら"下等"だとか"淫猥"なんて言葉を聞き間違えるのよあのスカポンタン



それに優しくしすぎると倍の速度で死ぬ始末。ほぼ詰みなのよ

侯爵との恋の応援でもしようモノならプレッシャーで自死

ここまで来ると無理に結婚させる必要なんか無いんじゃないの?

それでも"大いなる意志"みたいな物がこの時空から私を離してくれない様で



そしてそうなってしまったらこちらの意思なんてのはお構いなしに…


わたくしの名前は"エリカ・リズレット"汚いあなたの様な小間使いが目の前を歩いてはいけない事は分かるわね? なんたってこの国で一番の大地主の娘なんですもの! それがこの国の侯爵様と結ばれる事に疑問なんかあるはずも無く! さぁ、次期王妃の前に跪きなさいな! オーッホッホッホ!!」



何度も転生してこんな長いセリフを言わされる始末…

明らかにフラグなんだから察しなさいよねベロニカも

…いや待ってよ!これってもしかして私のせい!?

もしかしてこの世界での"悪役令嬢"って概念は私の思っている様な『陰湿で姑息なだけで知能の低い女』ではないの!?

これだけ分かりやすく盛大にフラグを巻き散らしてくれているんだから、もっと主人公のベロニカ側には親切なバカなのでは…?


──試してみる価値はありそうね!



「あぁ~らベロニカ! どうしてあなたみたいな小間使いが『おそらく侯爵様のお母様が身に着けていた物とほぼ同じようなトパーズのネックレスを!?』」


「侯爵様は母君の事を大変慕っていたけれども…『もしや今日の夜に侯爵様の部屋の前を掃除なんかしようものならうっかり出くわして胸元のトパーズが気付かれてしまうやも…!?』」



これじゃあ攻略本じゃないの私

全部言っちゃったわ、これからの流れ

しかも腹立つのはベロニカが「この人長い事何を言ってるんだろう…?」みたいな顔してるのよ。今週だけ本腰入れていじめてやろうかしら?

いえ、いけないわ。私はもうこの世界から解放されてもっと素敵な世界の登場人物になるのよ!



ふむふむ。なんとか侯爵様には会えたみたいね…

本来であれば私の出番はここには無いんだけど

ここは"偶然"という事象に"密会"というスパイスを加えてあげましょうか



「ふぅ~……ベロニカ―!? どこに行ったのかしらあの子はー!? ベロニカー!?」


「ま、まずい…エリカ殿に見つかっては…早くこちらへ!」


「は、はいっ…」



よし、入ったわね…このまま大きめの足音で扉の前まで…そして焦らすのよ、吊り橋効果を狙って心拍数を上げて、上げて!!



「まったく…小間使いなんだから目の届く所に居なさいよ──」



はい完璧ね。ここでベロニカに対して悪態をつくのが二流の悪役令嬢

それでは侯爵様が私の内面の醜さにこんな序盤で気付いてしまうのだから

一発逆転の爽快感は後のお楽しみ、これが悪役令嬢の務めなのだから


さてさて二人の具合は…?



「…行ったようだな」


「も、申し訳ございません侯爵様…私の様な小間使いが…」


「いやいい。それにしても…その胸の宝石は…」


「ハッ!?」



そう、毒は体内にじわりじわりと侵攻していたのよ

私の襲来により否が応でも脳内は悪役令嬢の事でいっぱい

そんな折に宝石を指摘されるのよ。思い出すのはそう

昼間の私からのアドバイスってわけね☆



しめしめ、お母様の話に花を咲かせている間に悪役令嬢はドロンさせていただきましょうかね。へへっ



翌朝はベロニカが私の花瓶を盛大に割っていた

昨日の急展開に舞い上がりすぎだろう…たわけが

ここで甘やかしてしまえば自責の念で、怒れば普通に自死

悪役令嬢としては最大級のピンチだが…大丈夫、私には考えが有る!



「セバスチャン! セバスチャンはどこなの!?」


「はっ! いかがなされましたか!?」


「この花瓶が割れているのはどういう事!? これは侯爵様から始めて頂いた思い出の花瓶なのに!! 誰がこんな事をしたというの!?」


「すぅ…そういえば近辺を小間使いのベロニカが…」


「もういいわ! 罰としてセバスチャンの給料は一か月無しよ!」


「そ、そんなぁ!?」



ふぅ~…ギャグパートっぽくする事で事なきを得たけれど…

なんであの女「助かった…」みたいな顔してんのよ!

セバスチャンの給料無くなったんだけど!

自責の念を感じるのはメインキャラだけなのね!?

モブのセバスチャンには心の中だけで謝罪を済ませる畜生じゃないの!



──それでも私はこの女には逆らえない…




次は座学の時間ね…同い年の私とベロニカは同じ教師から授業を受けるんだけど、大地主の娘と小間使いでは扱いが同じ訳もなく…



「はぁ…ベロニカ、君は身分が低いんだから相応の学力くらいは身に着けておかないと…」


「すみません…」



教師からも陰湿ないじめ

ここは授業をめちゃくちゃにするしかないんだけど…

厄介なのは私の両隣に居る取り巻きの"リンダ"と"シェリー"

この二人は授業が終わってもいじり続けるのよね…だから



「ほらベロニカ答えなさい『井の中の蛙大海を知らず』これはどういう意味だ?」


「井の中の蛙ですって!w これじゃあまるで侯爵様の屋敷に抱えられているあなたの様じゃない!」


「大海を知らないって事は、お屋敷以外の景色を見た事も、聞いた事も無い常識知らずって事!」


「あんたにお似合いだわベロニカぁー!!」


完璧に決まったわ。知的アピール+罵倒のコンビネーション

これで教師も取り巻きも私を褒めたたえベロニカは酷い事にはならない

唯一の針の穴を通してこその、悪役令嬢なのですわ。



「ではベロニカ…『古池や 蛙飛び込む 水の音』これは…」



なんで異世界で日本の俳人が詠んだ句が出て来るのよ!!

ってちょっと待って、て事は確実に変化は起きてるんだわ!

私がこの世界を脱出する兆しが表れている…これはもう一押し!



「あんたみたいな小間使いが"情緒"なんてもの理解出来るはずが無いでしょうけどね!!」



もう少しで終われる!



──ベロニカは死んだ



どうして…? あれだけ完璧に演じきった筈なのに…?

私の選択に間違いが…もしかしてあの授業の…?

でもあぁしないとベロニカは私の取り巻きにいじめられて…



何度目の景色か、授業を終えた私はベロニカの後を付ける

また崖の前で、そして落ちていく

何度目の景色か、授業を終えた私はベロニカの後を付ける


何度でも彼女は私の前で死んで見せた



手を取れば振り払いそのまま崖へ

声を掛ければ脅えてそのまま崖へ

守ってみれば翌日には崖の下


詰んだかもしれない



おかしいと思って何度目かの、最後のシーンまでは進めたが結局自死してしまうルートへ

そこでもしっかりと死んでしまう、しかしその首には違和感が…

そうだ、あの授業の"後には"ネックレスをしていなかった

舞い上がって見落としていたのか…?教師に没収された所を

侯爵に褒められた事でネックレスに依存していたんだ



「あら、なにかしらそのネックレス? 見覚えがあるような気もするんだけど?」


「あ、エリカお嬢様…こ、これはその…」


「あぁ思い出したわ。ベロニカの着けていた…ふふっ、いい事を思いついたわ。それを寄越しなさい」


「え、えぇ…構いませんよ」



お願い…これでなんとか…

ベロニカの目に見えるようにバッグからもはみ出させた

後を付けてきている事なんか分かっているのに侯爵の話もした

明日の式典でこれを身に着けると


──死ぬな、ベロニカ!



なった、翌日に。これですべてが終わる

終わらせられる。朝一番にベロニカの部屋を訪れる



「あら、起きていたの? 今日の式典、あなたも来るんでしょうね?」


「い、いえ…私の様な者は…」



成れ、ベロニカ



「そうよね、所詮あなたは『井の中の蛙』海の景色なんか知らない愚かな…」



"カエル"に成れ



「私は今日の式典で侯爵様の正式な婚約者になるわ…このネックレスを身に着けてね」


「"旦那様"のお母様が身に着けていた物だと言って…ね」



そう、その顔のまま。それでいい

大海を知らなかったのは井の中の蛙だけではない

俳人に詠まれたあのカエルもきっと知らなかったはず


それなのにどうしてこんなにも扱いが違うのか?

古池に飛び込んだカエルは何度も、何度も飛び込んだから

海も知らずに、世界の全てがその池にしか無いと信じ込み

才能ある俳人に気付かれるまで何度もだ



──お前は"私の代わりに"カエルに成れ、ベロニカ


何度も飛び込み続けた私の代わりに





「そ、そんな!? どうして私の事を捨ててあんな…あんな小間使いをッ!!」



「許さない…絶対に許さない…! 必ずあなたを地獄の底に叩き落として」


"永遠の苦しみを"────




それからの私の人生は悲惨な物だった


その後の戦争で父の土地は焼け野原に


捕虜として捕らえられた私は凌辱の限りを尽くされ


それでも死ぬ事は叶わなかった


助け出されたのだ、ベロニカに


彼女は涙を流して喜んだ、私が無事でよかったと


無事な物か、愛しい侯爵の隣で涙を流すお前に助けられ


戻った故郷に既に父も、富も、あの人も


全てを持っているのは貴女じゃないのよ…ベロニカ


なるほどね。ようやく分かったわ



"ベロニカは私か"



あれから幸せの絶頂を迎え侯爵様と二人の子供と孫達に囲まれ、天寿を全うした私が

崖に飛び降り自死したエリカお嬢様の呪いに、この世界に永遠に囚われているんだ。




じごくの中のベロニカ大海しんじつを知らず』




カエルになったのは私だって訳ね


【上等なトパーズを胸元に光らせていれば侯爵様が寄って来るだなんて考えは、貴女みたいに下等な家畜だけが妄信してらっしゃる淫猥な浅知恵だって事が分かっていただけたかしら?とっとと私の目の前から消えてくださらない?】



"エリカお嬢様"



「申し訳ありませんでした──うふふ」



"小間使いのベロニカが死にました"



─Fin─






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