第75話 生と死の狭間で

(リリー視点)


さすがいつも体を鍛えているフェルナンド様。私を抱えていても軽々と走っている。でもフェルナンド様は私にずっと治癒魔法をかけていたから、魔力量は減っているはずなのに…




「リリー、もうすぐエイリーン嬢や兄上がいる場所だよ」




フェルナンド様の言う通り、エイリーン様達がいる場所が見えてきた。と、その時




「カルロ殿下、もうお止めください。このままでは殿下のお命が…」



「うるさい!エイリーン、しっかりするんだ!頼む…目を開けてくれ!!」



私の目に飛び込んできたのは、泣きながら必死に治癒魔法をかけているカルロ殿下と、それを止める騎士たちの姿だ。



カルロ殿下の腕の中には、ぐったりしているエイリーン様が見える。




嘘でしょ…




「カルロ殿下!!」


私は大声で叫んだ。




カルロ殿下のそばまで行くと、フェルナンド様が近くにおろしてくれた。




「兄上、一体何があったのですか?」




「エイリーンが僕たちを助けるために、全魔力を放出したんだ!頼む。ニッチェル嬢!君は聖女だろ、エイリーンを助けてくれ!!頼む!」




縋りつくカルロ殿下。私はゆっくりとエイリーン様の方を見る。青白い顔に、吐血したのか口から血が流れている。エイリーン様の首にかかっていたであろう魔石も、砕けたのか今はチェーンだけになっていた。




エイリーン様に触れると、まだ温かい…きっとすぐにカルロ殿下が治癒魔法をかけたからだろうか。


私たちは魔力を失うと、生きていけない。もうダメかもしれない…


いいえ、ここで諦めたらダメよね。私は覚悟を決めた!




「カルロ殿下、フェルナンド様、エイリーン様からもらった魔石、割れていなければ私の首にかけてください」




私の言葉を聞いたフェルナンド様が、カルロ殿下から魔石を受け取ると自分のと一緒に私の首にかける。2つともヒビは入っているが、まだ割れていない。




エイリーン様に向かって手をかざした。お願い、どうか私の中に眠る聖女の力よ。エイリーン様を助けて!!お願い!




手から暖かくやわらかな光が放出され、エイリーン様を包んだ。




“パリーン”


“パリーン”


“パリーン”


3つの魔石が粉々に砕け散った。


その場に倒れこむ私を、フェルナンド様が受け止める。




エイリーン様、お願い!目を覚まして!






♢♢♢♢♢♢♢


(エイリーン視点)


目が覚めると薄暗い洞窟の様な場所にいた。あれ、私生きてるの?周りを見渡すが、いるはずのカルロ様や騎士たちがいない。




やっぱり死んじゃったのか。でも普通死んだら、美しいお花畑とかにいるものじゃないの?ほら、よく前世で臨死体験をした人が、美しい花畑に川が流れていたなんて話あるじゃない。




なのに私がいる場所は薄暗い洞窟の様な場所。もしかして、約束破って死んじゃったから、地獄に落ちたのかしら。ここは地獄の入り口とか?




嫌だ!怖いわ。とにかくここから出ないと。そう言えば前世で死んだときは、あの世に行った記憶がないわね…




前世の記憶は残っていても、あの世の記憶は消えるものなの?何なのよそれ!




私はとにかく歩いた。しばらく歩くと、奥の方が明るい。もしかして出口!


走っていこうとしたとき、ふと前世の記憶が戻る。




そう言えば、何かの漫画で読んだわ。亡くなりそうになった登場人物が、明かりを目指して進んでいると、既に亡くなった身内に引き返すよう言われる場面。




言われた通りに引き返したら、生き返ったって言う話だったよね。もしかして、あの明るい場所を目指してはいけない?私実はまだ生きている?




自分に都合のいいことを考えてしまう。そもそも魔力を使い果たしたのだから、間違いなく死亡コースだ。なのにまだ生きているかもなんて、本当にポジティブ思考ね。私って。




でも、どうしよう。このままここに居ても仕方ないし…




「エイリーン、あなたが考えている通りよ。今ならまだ間に合う。皆の元に戻りなさい」



えっ、この声は…


恐る恐る声のする方を振り向くと…そこにはマリアがいた。





「マリア、あなた迎えに来てくれたのね!ありがとう!」


マリアに駆け寄り、抱き付こうとするが…


あれ、透けている?




「エイリーン、私は完全に亡くなっているから、触れられないわよ」


そうなのね。そうだ、私、マリアに直接言いたいことがあるんだわ。




「マリア、私、あなたの苦しみに気…」




「ああ、もうその話は良いわ。何度も聞いたから」


マリアに言葉を遮られてしまった。何とも言えない沈黙の時間が流れる。その沈黙を破ったのは、マリアだった。




「私ね、小さい時からずっと父の言いなりだったの…私の父はとにかく権力が好きな人でね。貴族界でトップに君臨するあなたの家をずっと疎ましく思っていたの。だから、あなたが王太子の婚約者に内定した時は、それはもう荒れたのよ」




マリアがぽつぽつと話始める。




「とにかく父が怖かった。父に逆らえば、私はきっと消されてしまう。あなたには考えられないかもしれないけれど、父は私の事を政治に利用できる道具としか思っていなかったの。もし利用価値が無くなれば、もういらない存在になってしまう。だから、父には逆らえなかった。それにね。いつの間にか悪いことをしても、罪悪感がわかなくなってしまったの」




そうだ、私たち貴族は家の為に本来動くのが一般的な世界。特に女性は、自分より身分の高い人と結婚し、実家を手助けする。幸い我がフィーサー家は、お父様もお母様も子供第一に考えてくれる親だったが、中にはマリアの様に政治に利用される子供も少なくない…




ただ、頭では分かっていても現実に話を聞くと、本当にひどい話ね。




さらにマリアの話は続く。




「だから父にあなたに近づくように言われた時も、正直何も思わなかった。ただ友達のふりをして、適当に利用すればいいとさえ思っていたの。でもね、あなたやリリーと過ごすうちに、いつの間にか、温かい気持ちが生まれた。

正直戸惑ったわ。いずれ暗殺する相手なのに、こんな気持ちを抱くなんてって!だから私、なるべく自分の話をしないようにしたの。自分の話をしたら、いつかあなたに助けて!って、言ってしまいそうな気がして」




「そんな、私は話してほしかった。そうすれば、マリアを助けられたかもしれないのに」




「いいえ、あなたが思っているよりもずっと父はしたたかよ。下手をすると、フィーサー家にまで被害が及ぶかもしれない」




そんな…一体ベネフィーラ侯爵は、どんな人物だったのかしら?そう言えばフィーリップ様が言っていたっけ。漫画の世界で私のお父様の悪事にも、ベネフィーラ侯爵が絡んでいたって。なんだか本当に恐ろしい人だったのね。




「私ね、あの事件でエイドリアン様に真実を暴かれた時、正直ホッとした自分も居たの。これで父から解放される。そしてもう誰もエイリーンやリリーを害する者がいなくなるってね。おかしいわよね。自分自身は処刑されるって言うのに」




寂しそうに笑うマリア。そんなマリアを見ていると、胸が張り裂けそうになる。


ふとマリアが私の左腕に目を向けた。




「そのブレスレット、まだ付けているのね。あなたも聞いたでしょ。そのブレスレットは、ドラゴンをあなたに近づけさせる為に作られたものよ。ドラゴンの子供の血液がたっぷり染みついているわ。それなのに、まだ付けているなんて…」




「これは私たち3人が、友達だっていう証でしょ。たとえどんな理由で贈られたものだったとしても、私は絶対にこのブレスレットを外さない。もちろん、リリーも付けているわ。だって私たち、友達でしょ!!」




「友達…か。あんなに酷いことをしたのに、あなたもリリーも本当に馬鹿ね。私なんかを友達って呼ぶなんて…」




「私もリリーも、マリアの事はずっと友達だと思っているわ。これから先もこの気持ちは変わらない!マリア、あなたはどうなの?本当に私たちの事、友達と思っていないの?」


私はずっと気になっていたことをマリアに聞いた。




「私は…あなた達をずっと裏切っていたのよ!今更友達だなんて図々しいことは言えないわ。でも…もし次に生まれ変わることがあったら、また私と友達になってくれるかしら?」




「もちろんよ、当たり前じゃない。何度でも友達になろう!」


私の言葉に泣きだすマリア。触れられないけれど、なんとなくマリアの手の上に自分の手を重ねた。




その時、バラバラっと、洞窟が崩れる音が聞こえる。




「大変だわ、エイリーン。このままここに居ては、あなたまで死んでしまう。ここは生と死の狭間よ。ここにいる間はまだ生きている世界に戻ることができるの!でも、ここには長くいられない。洞窟が壊れる前に、とにかく来た道に戻るの!急いで」




「マリア、ありがとう!私みんなの元に戻るわ。そしてここであなたに会えたこと、本当に良かったって思っている」


ここでマリアに会えたことで、マリアに何が起こったのか、マリアはどう思っていたのか分かった。来てくれてありがとう、マリア。




「エイリーン、急いで。本当に元の世界に帰れなくなるわ」


どんどん洞窟が壊れ始めた。これはさすがにマズイわね。




「本当にありがとうマリア。また会いましょうね」





“お礼を言うのは私の方よ。エイリーン、ありがとう。あなたに会えて本当に良かったわ”





とにかく来た道を全速力で走る。洞窟はどんどん壊れていき、明るい世界が迫ってくる。ヤバい、本当にあの世に行ってしまうわ。早く走らなきゃ。早く!早く!




次の瞬間、ものすごい衝撃が襲い掛かる。




「キャーーー」




とっさに目を瞑った。




ゆっくり目を開けると、目の前には泣きはらしたのか目を真っ赤にしたカルロ様が目に飛び込んできた。




「エイリーン、良かった。目を覚ましたんだね」


カルロ様に思いっきり抱きしめられた。周りを見渡すと、目を真っ赤にしたリリーと、安堵の表情を浮かべるフェルナンド殿下、エイドリアンまでいる。




私、こっちの世界に戻ってきたのね。良かったわ!







~あとがき~

ーリリーがエイリーンに治癒魔法をかけた後の洞窟の様子ー


カルロ「エイリーン、エイリーン」


シーン。


カルロ「おい、エイリーンが目覚めないぞ、一体どうなっているんだ。君は聖女だろう!」


リリー「そんなの知らないわよ!それよりあなたの汚い涙と鼻水がエイリーン様の美しい顔にかかるわ。エイリーン様から離れなさいよ」


カルロ「なんて失礼な奴なんだ!君こそ軽々しくエイリーンに触れるな。図々しい!」


フェルナンド「2人とも喧嘩するな!とにかくエイリーン嬢が目覚めるよう祈るしかない!」


カルロ&リリー「「エイリーン(様)~」」


ワーワー泣きだす2人。



エイドリアン「おい、皆無事か?カロイド!大丈夫か?おい、カロイドを今すぐ治癒師の元へ連れて行け」


近くの騎士に指示を出すエイドリアン。


カロイド「エイドリアン、すまない…。君の妹を守れなかった…」


エイドリアン「エイリーンに何かあったのか?とにかくカロイドはすぐに治療を受けろ!他のケガ人たちもすぐに運び出せ」


エイドリアンが騎士たちに指示を出した後、すぐに大泣きしているカルロ様の元へ向かう。


エイドリアン「エイリーン…なんてことだ!しっかりしろ!エイリーン!カルロ殿下、一体何があったのですか?」


カルロ「グスン、エイリーンが、僕達を守るために全魔力を開放したんだ…グスン」


エイドリアン「なんだって!!そんな…エイリーン!」


エイリーンを抱き締めるエイドリアン。すぐに奪い取るカルロ様。


エイドリアン「心臓は動いている!とにかくすぐにここから運び出そう。手配した王宮からの馬車はもう来ているか?すぐに確認してくれ!急げ」



その時、無事エイリーンが目を覚ましたのであった。



※カルロ様とカロイド様。今更だけれどめっちゃ名前似てる…

ややこしいですね。すみませんm(__)m


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