第16話 僕の大切な婚約者~カルロ視点~
エイリーン嬢とお茶をした次の日、母上は早速フィーサー家にエイリーン嬢との婚約を申し込んだ。
僕もエイリーン嬢と婚約出来たら嬉しい、でも…こんな僕なんかと婚約してくれるのだろうか…
不安の中その日は過ごした。でも次の日、フィーサー公爵から、婚約を受ける旨を伝えられた。母上の話によると、エイリーン嬢たっての希望らしい。
「カルロ、やったわね。これであなたは王太子よ!!」
母上の予想通り、エイリーン嬢と婚約した僕は、王太子に内定した。そして王太子の婚約者となったエイリーン嬢は、王妃教育を受けるため、毎日王宮へとやってくる。
彼女への評価は非常に高い。公爵令嬢という高貴な身分にありながら、メイドや護衛騎士たちに感謝の気持ちを忘れない。さらに王妃教育も泣き言一つ言わず、黙々とこなしているとのこと。
「本当にエイリーン様は素晴らしいお方ですわ」
「私なんてこの前うっかりお茶をおぼしてしまって火傷をした時、治癒魔法をかけてくださったのよ。普通なら怒鳴られても仕方ないのに。本当にお優しい方だわ」
なんて話をよく聞く。
そんな話を聞くと、本当に僕が婚約者で良いのかな?なんて不安になることもあるが、その気持ちをことごとく打ち破ってくれるのが、エイリーン嬢本人だ。
初めての王妃教育が終わった後、僕はお茶に誘った。少しでもエイリーン嬢と仲良くなるためだ。
僕がお茶に誘うとそれはそれは嬉しそうな顔をして「喜んで!」と答えてくれた。
そして
「私たち婚約者になったのだから、エイリーン嬢なんて他人行儀な呼び方ではなく、“エイリーン”と呼んでください。」
真っ赤な顔をして話すエイリーンは、とにかく可愛い。それならばと思い
「では婚約者になったのだから、敬語もやめよう」というと、嬉しそうに「はい」と答えてくれた。
普段はクールなエイリーンだけれど、王妃教育を終えたエイリーンを僕が迎えに行くと、飼い主を見つけた子犬のように、ぱぁぁぁっと笑顔になり、嬉しそうに寄ってくる。
そう、なぜか僕はエイリーンにめちゃくちゃ好かれているみたいだ。母上からも
「カルロは本当にエイリーンちゃんに愛されているのね。この前なんてカルロがいかに素敵かを、延々と聞かされたわ」と笑って話してくれた。この時、初めて母上の笑顔を見た気がする。
ちなみにエイリーンと母上はとても仲がいい。母上は最近よく笑うようになった。エイリーンはあの母上をも、変えてしまったようだ。
でも、なんでエイリーンは僕をこんなに慕ってくれるのだろう。意を決してお茶の時エイリーンに聞いてみた。
「エイリーンはなぜ僕を慕ってくれるの?僕なんて何の取り得もないのに…」
自分で聞いたのに、なんだか不安になって下を向いてしまった。
「何をおっしゃいますの?カルロ様はまず何といってもお優しい、気遣いが出来る、そして顔も声も胸板も香りも何もかも素敵、もう存在自体が尊い!生まれてきてくれてありがとう、生きているだけで尊い存在なのよ」
生まれてきてくれてありがとう、生きているだけで尊いか…
その言葉を聞いたとき、僕は込み上げる涙をぐっとこらえた。
こんな風に僕の存在価値を認めてくれる人が、今までいただろうか…
「ですから、何の取り得もないなんてもう二度といわないで!」
エイリーンの言葉が、今まで凍り付いていた僕の心を優しく溶かしてくれるような、そんな温かい気持ちになった。
僕はこの子に出会えて、本当によかったな!そう思った瞬間でもあった。
そんなある日、今日もエイリーンとお茶をしていた。
「先生ったらひどいのよ!
“もっと柔らかい笑顔はできないのかしら。ただでさえ吊り目で印象がきつそうなのに、そんな引きつった笑いでは相手に怖がられてしまいますわよ”
ですって。吊り目は生まれつきなんだからどうしようもないじゃない。そう思わない?」
目を吊り上げて話すエイリーン。
僕の可愛いエイリーンの悪く言うなんて、なんて教育係だ!母上に言ってクビにしてもらうか。でもそんなことしたら、心優しいエイリーンは悲しむかもしれないな…
そんな他愛もない話も、僕にとっては心安らぐ時間だ。そうだ、エイリーンをあの場所へ連れていこう。僕だけの秘密の場所。
早速エイリーンを誘い出し、ある場所へと向かった。
「図書館が秘密の場所ですの?」
不思議そうに聞くエイリーン。まあ見てて。僕は得意げに本棚を移動させると、秘密の通路が現れた。
ここは王族だけが知っている秘密の通路だ。万が一敵国や魔族に攻め込まれた時、ここから逃げられるようになっている。
通路を通り、王宮の裏に出た。ここから見る王都の景色は絶景だ。
「まあ、なんて素敵な景色なのでしょう」
エイリーンも喜んでいる。連れてきて良かった。
僕はエイリーンにここにいつでも来ていいよ、と伝えた。
そして数日後、僕はいつものように国王になるための教育を受けていた。僕はどうも異国の言葉や歴史を覚えるのが苦手だ。そのため、教育係にもよく怒られる。
「殿下、私はアルダス国の言葉を話してくださいと言ったのですよ。それはピレネー国の言葉です。
こんなことは申し上げたくないのですが、もうエイリーン様はある程度言葉をマスターされたと聞いております。こんなことでは王太子は務まりませんよ」
エイリーンを引き合いに出されるのは正直辛い。僕はエイリーンのように何でも出来る完璧な人間ではないのだから…
「今日はここまでにしましょう。明日までにしっかり覚えてきてくださいね」
そう言って教育係は出ていった。
エイリーンはまだ王妃教育を受けてるんだろうな…
僕はこのままエイリーンの婚約者で良いのかな…
エイリーンは、いつかこんな僕に嫌気がさして、離れていったりしないだろうか…
そう考えていると、無性に1人になりたくなった。1人になれる場所と言えば、あそこしかない。
僕はこの前エイリーンに教えた秘密の場所へと向かった。通路を通り、扉に手をかけたとき、誰かが泣いている声が聞こえた。
この声は、エイリーン?
ゆっくり扉を開けると、ベンチに座って小さな子供の様にワーワー泣き叫んでるエイリーンがいた。
「私だってカルロ様の為に頑張りたい。だってカルロ様が大好きだもん、でも…できない物はできないのよ~。そもそも人間なんだから泣いたっていいじゃない。先生のバカ~」
そう叫びながら泣いている。
大声で泣き叫び続けるエイリーンだったが、しばらくすると静かになった。
どうしたんだろ?
不安になり、エイリーンにそっと近づくと、泣き疲れたのかベンチにもたれかかり眠っていた。
僕はエイリーンの隣にそっと腰を下ろす。
完璧だと思っていたエイリーン。でもエイリーンにも出来ないことがあり、それでも必死に頑張っている!何よりも僕の為に…
誰もいないこの場所で、子供の様に泣き叫びながら…
もう自分を卑下するのは止めよう。何より必死に頑張っているエイリーンに失礼だ。もっともっと勉強して強くなって、エイリーンにふさわしい男になりたい。
「ん~」
エイリーンが起きるのか?
そう思ってエイリーンの方を見るが、起きる気配はない。
しばらくエイリーンを見つめていた。いっぱい泣いたからか、目が少し腫れている。鼻も赤い。でもそんなエイリーンも、愛おしい。
美しい赤い髪を撫でてみる、サラサラで柔らかい。
僕が髪を撫でると、嬉しそうにエイリーンがほほ笑む。
本当に可愛いな…
でもそろそろ起こさないと、お茶をする時間が無くなってしまう。それにこのままだと、風邪を引いてしまうかもしれない。
ずっと見つめていたい気持ちを抑え、名前を呼びながら揺さぶり、エイリーンを起こす。
しばらくボッーっとしていたエイリーンは覚醒したのか、ハッと顔を上げた。やっぱり目も鼻も赤いが、触れないことにしておこう。
エイリーンに珍しいお茶を取り寄せたというと、とても嬉しそうに笑った。この笑顔、たまらなく可愛い。
僕はエイリーンの手を取って、今日もお茶会会場の庭へと向かった。エイリーンの柔らかくて温かい手。
この手を僕は絶対に離さない…
何があっても…
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