62作品目

Rinora

01話.[帰っていいか?]

 委員会の仕事を終えて教室に戻ってきたときのことだった。

 自分の席のところを見て思わずうわぁと内で呟いてしまったのは。

 近づくべきか近づかないべきか真剣に悩んだものの、鞄などはそこにあるからどうしても近づくしかないということでゆっくり歩を進める。


「ん……」


 多分、僕の席が窓際だから外を見るためにそこに座っていたのだろう。

 いまは眠たかったからなのか寝てしまっているけど……。


「大田さん」


 声をかけないと変なことをしようとしている人間に見えてしまうから仕方がない。

 幸い、三度目ぐらいで顔を上げてくれたから助かった。


「……戻ってきたんだな」

「うん、もう終わったからね」


 寝るなら帰って寝た方がいいよと言いつつ荷物を回収。

 しっかり挨拶をしてから教室をあとにした。

 あの子は隣の席の子だった。

 友達ではないし、話すこともほとんどない。

 でも、なにかをしてくるというわけではないから平和な日々を過ごせている。


「待てよ……」

「もしかして僕に用とかあったの?」

「いや、それはないな」

「そっか」


 すっごく眠そうだ。

 相手が親しい人間なら腕を掴んでおくところなんだけどそれはできない。


「私も一緒に帰っていいか?」

「うん、それは大丈夫だよ」


 家の方向云々は言わなくてもいいだろう。

 実を言うと、高校から僕の家はかなり遠いから登下校が大変だった。

 だから一緒に帰れるような友達はいなくて少し寂しかったりもする。

 まあ、この高校を志望したのは自分なんだから文句を言っちゃ駄目だけど。

 それに自分の馬鹿な拘りで歩いて通ったり帰っているわけなんだからね。


「悪かったな、外を見たかったんだ」

「大丈夫だよ」

「窓際の席で文句を言われなさそうなのが服部ぐらいだったから……」

「気にしなくていいよ」


 服部千尋ちひろ、高校二年生で十六歳、そして男。

 ちょっと名前が可愛すぎるけど別に不満な点はない。

 結構なんでも普通レベルにはできるから寧ろ満足しているぐらいだった。


「あ、コンビニで肉まんでも買わないか?」

「分かった」


 今日はシンプルに肉まんを購入しておいた。

 外で大田さんが来るまで待って、来たら一緒に食べた。

 こういう帰りになにかを買って食べるということはなかなかしないから楽しいかな。


「服部は学校、楽しいか?」

「うーん、つまらなくはない場所だよね」


 そうとしか言えなかった。

 学校にいるときは合わせようとしすぎてそれに引っ張られている気がするから。

 いい点は楽しくなくても楽しくても前に進んでくれるということだ。

 難しい点はそれでもあっという間に時間が経過してしまうということで。


「大田さん的にはつまらないの?」

「つまらないな」

「お、断言しちゃうんだ?」

「……輪に加わることができないからな、そういう人間は見ていることだけしかできないからつまらないんだよ」


 小学校とかと違って◯◯とも一緒に過ごしてやれ~的なことを言われないしな。

 とにかく自分が信頼、信用できる人間と集まるだけで終わる三年間だ。

 班で協力することはあっても一時的なことに過ぎない。

 もちろん、そこから仲良くできる人もいるのかもしれないけど。


「みんながみんな、積極的にいける人間ばかりではないからな」

「うん、そうだね」


 もしみんながそうやって行動できていたら苛めなんか存在しない。

 は言い過ぎかもしれないけど、うん、多分似たような感じになるはずだ。

 ひとりでいるからと馬鹿にしたりする人間がいるからね……。


「最低でも高卒じゃないと困るから、家に近いからという理由で通っているだけだしな」

「そうなんだ」

「やりたいこととかもなにもないからな」


 その点については僕も変わらない。

 家から遠くてもここに通うようにしたのは学費が関係している。

 と言うよりも、自宅近くにある高校は私立だったから無理だったのだ。

 迷惑をかけたくなかったからここに、ということになる。


「服部、私はどうしたらいい?」

「誰かといたいならやっぱり頑張って行動するしかないよ、ひとりでいいならいまのままでもいいと思うけど」

「だよな……誰が聞いてもそう答えるよな」


 誰かといたいのになにも行動せずに文句を言っていたって意味がない。

 ちゃんと頑張ったのに上手くいかなかった場合には吐いてもいいかもしれないけど。


「……友達になったらなったで合わせなくちゃいけない空気が嫌になるんだよな」

「実際にそういうのはあるよね」


 一切気にならないのであればひとりの方が気楽なのかもしれない。

 でも、多分彼女的には誰かと仲良く過ごしたいんだろう。

 僕だってそうだ、誰かといられた方がいいに決まっている。


「学校に話せる子とかいないの?」

「違う学年にいる、中学のときから世話になっている人がな」

「じゃあその人と一緒にいれば変わるよ」


 誰かといれば自然と人は近づいてきてくれるものだ。

 逆にひとりでいると「行ったら迷惑かな……」とか考えて避けられる可能性がある。


「男子なんだけどさ……」

「もしかして付き合っていたりとか?」

「あ、あるわけないだろっ、友達すらまともに作れない人間が彼氏なんか……」

「ごめん、中学のときからお世話になっているって言ってたからさ」


 少ししたところでこっちだからと彼女は歩いていった。

 僕はこれから長いことひとりで歩かないといけないから少し寂しかった。




 少しだけ意識を向けてみたけど教室にいるときの彼女は静かな感じだった。

 突っ伏しているわけでも、頬杖をついているわけでもない。

 休み時間になったら次の教科に必要な物を出してじっとしているだけだ。


「……は、服部」

「あ、どうしたの?」

「どうしたのじゃない……こっちを見すぎだ」

「あ、ごめん、つまらないって言っていたからさ」


 ただ、彼女のところにその人が来てくれたところを見たことがないから強がりで言った可能性があると考えていた。


「ねえ、いまからその人のところに行こうよ」

「えっ」

「多分、大田さんから来てくれるのを待っているんじゃないかな」


 さあ、ここでどういう風にするのか。

 驚いていたような感じだったけど意外にも「い、いいぞ」と言ってきた。

 そういうことならと案内してもらうことにする。


「あ、あの人だ」

「大きい人だね」


 男の人と盛り上がっていた。

 派手というわけじゃないから切り替えが上手そうだ。


「悪い、ちょっと抜けるわ」


 トイレかなにかかと思ったら僕らの近くで足を止めた。


「珍しいな、かえでが自分から来るなんて」

「……私の意思じゃないですけどね」

「そうなのか?」


 こっちを指差して黙ってしまったから自己紹介と今日どうしてここに来たのかを説明させてもらった。

 強がりで言っていただけなのかもしれないと考えてしまったことを素直に吐いたら男の人には笑われて、大田さんからは「う、嘘はつかないぞっ」と怒られてしまった。


「そうか、楓の隣の席なのか」

「はい、あんまり話したことはないですけどね」

「それなのになんかすごいな」

「どうせならつまらないと感じてほしくないですからね」


 なんて、偉そうだけど。

 でも、別に悪いことだとは思っていない。

 馬鹿にしたくてこうしたわけではないんだから気にする必要もないだろう。


「服部、楓のこと頼むわ、下手をするとすぐに学校に来なくなるからな」

「分かりました」


 とにかく溜まった不安や不満などを吐かせておけばいいと思う。

 抱え込むと大抵はいいことに繋がらないからね。

 にしても名前で呼ばれているぐらいだから相当の仲のようだ。

 これなら積極的に先輩のところに行っていればいいはずなんだけど……。


「大田さんはどうして先輩のところに行かないの?」

「……だって迷惑かもしれないだろ?」

「そんなの分からないじゃん、すぐに気づいて廊下に出てきてくれたぐらいだよ?」


 友達とのそれを止めてもいいぐらいの価値があるということだ。

 話し方とかは男の子みたいなのにやはり中身は普通に女の子ってことなのだろうか。


「……なら服部を信じて行ってみるかな」

「その方がいいよ、だってずっと一緒にいる人なんでしょ?」

「あー……部活で一緒だったからな」

「だから大丈夫だよ」


 彼女さんがいるとまた話が変わってくるけどあれなら大丈夫……だよね?

 学校ではあくまで男友達と盛り上がっているだけなのかもしれないけど……多分大丈夫。


「あ、ありがとな」

「なにもできてないよ、なんなら嘘をついてるって思っちゃったぐらいだし」

「……事実私は席から離れていなかったからな、信じられなくても無理はないだろ」


 単純に彼女のことを知らないのも大きかった。

 どうなるのかな、この先も話したりすることも増えるのかな、というところ。

 

「困ったら言ってよ、聞くことぐらいなら僕でもできるから」

「……なんでだ? 服部にメリットがないだろ?」

「こう言ってはなんだけど教室で寂しい思いをしなくて済むからかな」


 だってこの学校に友達がいないんだから。

 ただ、いまでも関われている友達もいるからそこまで悲観もしていない。


「僕は誰かといられて寂しくない、大田さんは不満とかを吐けて少しだけでもすっきりできる、損することもないと思うけど……どうかな?」

「……私は別にそれでもいいけど」

「じゃあそういうことでよろしくね」


 よしよし、これで友達できたの? と言われなくて済む。

 って、別に友達ではないけど……まあいいか、分からないわけだし。

 似たような関係ではあるから嘘をついているわけでもない。


「なんか悪いな……私にばかりメリットがあるからさ」

「そんなことないよ」

「いまの時点で世話になったわけだからな……」


 結構律儀な性格なのかもしれない。

 それか後からとやかく言われるのが嫌で助けてもらいたくはないのかも。

 もしかしたら僕のこれは余計なことの可能性もある。

 いい反応をしてほしくて調子に乗らないようにしようと決めた。

 難しいのは決めたところで上手くできるかどうかは今後の自分の次第というところか。


「服部」

「ん?」

「……これからよろしくな」

「うん、よろしく」


 考えて行動できていればいいだろう。

 難しく考えすぎると駄目になるからそこそこの感じでいることにしよう。




「お待たせ」

「遅いよ」


 友達もいるし彼氏さんもいる友達、秋山夏希なつきと会っていた。

 彼氏さんには申し訳ないけどこればかりは仕方がないと片付けてほしい。


「それで? やっと友達ができたって?」

「うん、女の子なんだけど」

「へえ、あの千尋がねー」


 確かにって言おうとしたけど彼女と現在も関係が続いている時点で意外ではないだろう。

 そう言ったら「いや、千尋が女の子と自力で友達になれるとかおかしいから」と……。


「私が話しかけたことがきっかけだったからね」

「……夏希は酷いなあ」

「そう? ま、じゃあ遅れてきた罰ということで、じゃあ行こうか」


 ドリンクバーを頼んでゆっくりしようとのことだった。

 お店の人には迷惑かもしれないけど外よりはいい気がする。


「だけどその子には彼氏みたいな人がいると、そういうことだよね?」

「いや、彼氏ではないよ」

「なるほど、それで千尋君は安心してしまっていると、そういうことだね?」


 そのために近づいたと判断されるのは複雑だった。

 女の子なら誰だっていいというわけではない。

 寧ろ非モテだからこそ理想というのは高くなりがちで。

 あとは単純に大田さんには先輩がいるから難しいという話だった。


「どんな子なの?」

「男の子みたいな喋り方をする子かな、あとは結構律儀かも」

「んー、それだけじゃイメージできないなー」


 窓の外を見て似たような探してみたけど見つからなかった。

 語彙がないから仕方がないと諦めてもらうしかない。

 と、考えたときのこと。


「あ、あの子だよ」


 なんと先輩と歩いている大田さんを発見して夏希に知らせる。

 が、


「うわあ、もう失恋じゃん」


 と、なんとも酷いことを言ってくれるのが夏希クオリティだった。

 失恋もなにも友達ではないし、仲のいい先輩がいることは教えていたのに……。


「私にも振られて恋したあの子にも振られるって千尋ってば、ぷふっ」

「振られてないよ」

「ごめんごめん、この話は終わりね」


 夏希のせいで乾いた喉をジュースで潤す。

 というか、休日に一緒に遊びに行くとかそれはもうデートだ。

 だからこの前のあれは完全に余計なお世話だった、ということだろう。

 恥ずかしい、次に顔を合わせたときにどうしようもなくなりそうだ。


「そうだ、私の友達を紹介してあげようか?」

「その友達に迷惑だからいいよ」

「でも、興味あるでしょ?」


 そりゃ興味あるかないかという問いだったらあるとしか言いようがない。

 でも、そこまで欲しているというわけではないからいまのままでいい。

 なんて、いまのままでいるしかない、が事実ではあるけど。


「夏希とたまにこうして会えるだけでいいよ」

「私には彼氏がいますので無理です」

「違うから、会ってくれればそれでいいから」


 学校では多分だけど大田さんといられることになっているから大丈夫。

 これまでひとりで普通に学校生活というやつを過ごしてきたからいまさら慌てるようなことはないだろう。

 ただ、大田さんといるときは先輩のことを考えて距離感を見誤らないようにしないと。

 変に感謝されたりするとすぐに調子に乗ってしまうから駄目な感じになりそうだ。


「遅くなったけどその服似合ってるよ」

「遅すぎ、でも、そういうことは言えるんだよね」

「夏希が相手だからだよ」


 他の人が相手だったら絶対に思っていても言わない。

 夏希はなんでも軽く流してくれるから相手をしているこちらとしてはありがたいんだ。

 変なことを言ってしまって空気が最悪に~なんてことにはならないから。


「あの人は彼氏じゃないんでしょ? だったら頑張ってみればいいじゃん」

「とりあえずは友達になれるようにね」

「うん、それでいいから」


 本当のところを言うと夏希に惹かれていたときはある。

 だけど僕と一緒にいるぐらい夏希の好きな人も一緒にいたからチャンスがなかったんだ。

 これまで年上ということもあって頼りがいがある感じだったのが僕にとっては致命的で。


「あ、ちょっと待ってて、電話がかかってきた」

「うん」


 店外へ出ようとしている夏希を目で追っていたらふたりが逆に入店してきた。

 こそこそする必要はないから隠れたりはしないけど……狭いなあって感想を抱く。


「お待たせー」

「うん」

「って、ちょっとちょっと、あのふたりがいるんですけど」

「出ていくときにすれ違わなかったの?」

「あ、そのふたりか」


 まあ分からなくても無理はない。

 近づいてみたら遠目で見てきたときと違かった、なんてこともあるものだから。

 夏希も考えることは同じで「たくさん飲まなきゃ」と飲み物を注ぎに行った。


「千尋」

「うん? ――ぶふっ!? な、なにやってるのっ」

「気になったから連れてきちゃった」


 ああ……大田さんも物凄く気まずそうな顔をしている。

 先輩もやって来たことにより余計にカオスな感じになってしまった。


「へえ、服部の友達なんだな」

「はい、彼氏ではないですがずっと一緒にいますね、高校も違いますが」

「いいのか? 彼氏に怒られないのか?」

「大丈夫です、それよりデートですか?」

「これはそういうのじゃないんだよ、ちょっと楓に手伝ってもらっただけなんだ」


 流石と褒めることしかできない。

 相手が誰だろうと真っ直ぐに接することができるのは強い。


「は、服部……」

「こんにちは」

「あ、ああ」


 あ、別にこっちはなにも気になるようなことはないか。

 散々アピールしておきながら裏では違う女の子と仲良くしていた~みたいなシチュエーションだったら冷静ではいられないけど。


「どうせなら一緒にしてもらうか」

「いいですね、そうしましょう」


 こういうときにふざける子ではないからちゃんと男子は男子、女子は女子にしてくれた。

 ただ、こうやって集まってどうするんだ? という疑問だけが強く胸の内にあった。

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