便利だけど当事者になるのは嫌、と私は思った。
分かれた私達を追う為に、追手も一人と一人に分かれてそれぞれを追い掛けた。
一度姿を消した後、殆どが興味を無くして追うのを止めたらしい。
……その話を聞いたのが、追いつかれて一方的な世間話をされた時である。
まあ話が聞けてよかったよ。そもそも話したくもなかったけど。
「はあ……はあ……えほっ」
「いやー、それにしても体力少ないんですねえ。それでも校舎内であの大人数を振り切ったのは凄いですよ」
何故だか知らないけど、咽せてたら褒められていた。いや関心されてる? でも本心だか皮肉だか知らないから、聞き流す。
「やっぱり身体を鍛えてない分、頭脳は強いんですかねえ。なんて言ったら、貧弱かつ馬鹿な人を馬鹿にしてるって言う人が何処からか湧くんですけれど。ああ、変に脱線しましたけど私が聞きたいのは」
話が長い上に入ってこない。そもそも相手の顔もマトモに視界に入れてない。
そうだ、駅に到着したら走り出そうかな。構造を利用して距離を空けさせてから、電車に駆け込めば……。それに、急に全力疾走を始めれば、少しは距離を空けられるかも。
ただ、彼女が電車の扉にまで着いた頃には既に扉が閉まっていて……っていうタイミングで乗車しないと、最後の逃げる機会を逃す事になる。そうすれば下車まで二人っきりだ。
「行き先は何処ですか? 玉川さんって電車通学でしたっけ?」
「……」
「頼みますよー。学校中で貴方の話で持ちきりなので、明日にでも記事を作らないと噂が広がりきって面倒になるんですもん」
「記事……?」
「あ、言ってませんでしたー? 私こう見えても広報メディア部でしてー!」
そこは新聞部では……? しばらく思考して、そういえば入学して間も無い頃、部活動一覧にそんな物があった気がする、と思い出す。あんまり読み込んで無かったけど。
……いや、それよりも気になる事が一つある。噂が広まりきると、面倒に?
「改めて自己しょ」 「噂が広ま」
「……あはは」 「……はあ」
ああ、今のは自己紹介をする流れだったらしい。気になる言葉について聞きたかったんだけれど。
どうぞ、と発言権を譲るという仕草をすると、彼女は一度咳払いして仕切り直す。
「改めて自己紹介させていただくと、私は
「……そうですか」
あー、そっか。二年生か。それを聞いた私は、とりあえず敬語に直しておく。
「別にタメ口でも気にしませんし、私も誰彼構わずこの口調なのでなんにも言えませんし、それは兎に角ですね、一応貴方のお名前も」
「玉川明。それで、噂が広まり切ると、面倒っていうのは?」
「ははー、この類の人は初めてです! 面倒っていうのは、人々が興味を無くして記事の鮮度が落ちるっていう意味でしてー! 貴方に何かしらの面倒が起きるっていう意味では無いので!」
面倒が無いなら良いや。
思考を切り替えて、これからどうするかを考える。
……トイレを装って離脱、出来るかな。そうすると、トイレの出入り口から離れた所に待たせないといけない。難しいな。
電話を使う? 明一が安全な状況じゃないと使えない。これは十分な時間を置くか、相手から連絡が来てから。
……やっぱり、駅の構造を利用して撒く方法しか無いのかな?
「おやおや、なにかお考えの様子! もしかして情報提供をご検討ですか? でしたら私の方からも知る限りの情報を教えちゃうかもですよ!」
「マスコミから逃げる方法」
「今のは聞かなかった事にします!」
「立山千夏さんから逃げる方法」
「もしかして玉川さんってジョークがお好きで? それはそうと今日は難聴日和ですね!」
難聴日和かあ。私も今日から他人の声が全て聞こえなくなっても良いかな、なんて思ったりもするけど。
……ああでも、一部例外を設けたい。ホワイトリスト方式で。
「それにしても、どうしてそんなに話したがらないのです? 不快な内容があれば、掲載前後問わず撤回しますし、ちゃんと掲載前に確認も取りますよ」
「……」
「マスコミというは、人々が織りなす情報網。私達が用いる記事は、我ながら噂なんぞよりも影響力が大きいと自負しております! なので、貴方にも利があるんですよ!」
「……?」
「仕方ないですねー。玉川さん、遠回しな言い方は苦手そうなので、ダイレクトに言っちゃいます。貴方は今、校内限定での世論を、私を通じてですが、制御する手段をお持ちですよ」
遠回しな言い方は苦手……。事前情報も無しに、初対面でそれを理解する人は初めてだ。
「今までみたいな質問攻めが嫌ですか? それでは興味を満たす情報をバラまいてしまいましょう! 言いたくない情報があれば、ウソの記事を学校中に張ってしまっても良いんです!」
「……記者が、それを言う?」
「だって、プロでもなんでもないので」
……奇妙な人間だ。だが、何も考えずに行動するような人では無いだろう。
打算や、計画。そう言ったものを抱く人間は、感情ばかりを抱いて行動する人間よりも、かえって分かりやすい。
「協力者だという関係が欲しいのかな。それで、情報を独占する」
「そんな三下記者みたいな事しませんよ? ただ、センパイ達よりも先に情報を手に入れれば、ちょっと鼻を高くしても文句言われないので」
顔を見ると、口の端が吊り上げられている、目はパッチリと私を見ている。鼻はそんなに高くない。切り揃えられた前髪が地味なのに対し、活力ある態度が、地味な印象を返上する。
……ん? 今までマトモに目を向けていなかったから気付いていなかったけど……、ズボン、履いてるじゃん。
「男の、制服? え、男?」
「…………私、小柄で顔も中性的なのでたまーに間違われるんですよね」
「あー……」
気にしてるなら、一人称を無理にでも直すべきだと私は思うのだけど。
とりあえず、ちょっと考える。私の言葉の代わりに、記事を用いて野次馬を満足させるというのは、十分良い案だと思える。あくまでも主導権は記者である彼なのだけど、内容に関してはある程度の裁量は任せられているとなれば……。
「……よし、決めた。連絡先あげるから、今日は帰って。話すより文字の方が楽」
「了解しました! 気が向いた時に話してどうぞですよ。けど、さっきも言ったように、あんまり遅いと記事にするにも意味が無くなってしまうので、どうかご留意くださいな!」
「じゃあさよなら」
「あーこの不愛想を二乗させた感じ! それではさよならです!」
ただ、これ、ある意味では相手の思い通りなんだよね。……一応、警戒した方が良いかなあ。
・
・
・
『逃げ切った。そっちはどうだ?』
『話して帰ってもらった。連絡先を捧げて』
『悪手だな。まあ仕方ないか』
『多分執拗にメッセージを送ってきたりはしないと思うよ。なんかマスコミ部らしい』
『そんなのあったか?』
『あったらしい。後10分で着く』
『了解』
電車の席で息を吐く。
今、古い住所の近所にあるコンビニに向かっている。高校生活を始める直前、登校し易いようにと学校の近所に引っ越したのだ。
あの時、私達……じゃなくて、当時は勿論双子じゃなかったけど、私は提案どころか、反対も賛成もしなかった。確かに、引っ越しにかかる費用は3年間の交通費に勝るかもしれないけど。
窓越しに流れる景色を眺めて、数分が経つ。……そろそろ着くかな。
「明」
「やあ、私と違ってちゃんと逃げ切った明一くん」
駅から降りて、すぐ近くにあるにコンビニへ向かうと、携帯を弄っていた片割れの姿が見えた。
「明に関しては、どんまいと言うべきか。俺は相手が女子だったからな。直線が多い路上は付き纏われたが、入り組んだ駅構内でどうにかした」
「やっぱり駅で勝負したんだ。私もそうしたかったんだけどなあ」
話術で負けたというか、なんというか。体力勝負も、男相手だと分かってやる気が完全に無くなったし。
夏休み直後という時期もあって、気温はまだまだ高い。走り回った後の汗まみれな姿で電車に乗るというのは躊躇する。
「……それにしても、この辺りも懐かしいな」
「と言っても半年だけど」
目の前に見えるコンビニと、横に見えるアパートを眺める。あれから半年だが、私達が使っていた部屋は、今は誰かが使っているのだろうか。ここからはベランダが見えないから、分からない。
「それもそうだな。こっちはもう撮ったから、あとは明だ」
「はいはい」
カーテンを潜って、証明写真機に乗り込む。無機質で分かりやすい音声案内に従いつつ、ポチポチと操作する。……タッチパネルの感度が、妙に固い。
「何か食べるか?」
「あ、じゃああのガチャみたいなガム販売機? それ久しぶりに食べたい」
「もう二人分買ったんだが。ほら」
もう買ってたのか。カーテン越しに伸びる手から、球状のガムを受け取る。
あー、この化学的な甘み。半年前を思い出させてくる。……って、夢中になって顔が傾かない様に気を付けないと。
「……そうだ」
「うん?」
「ここまで来たけど、あの公園も見ていく?」
「あそこか、そういえばプールなんかもあったな」
水着は勿論無いから行けないけど、公園にある小さな川に足をさらして、涼むくらいは出来るだろう。
そんな事を考えていたら、フラッシュが焚かれて反射的に瞬きする。撮影が終わった様だ。
写り具合を確認して、十分だと判断すると印刷を実行させる。
「終わり」
「よし。……紙も出て来た、こっちで俺のと一緒にしまっておく」
「あい。で、明一はどう思う? 私的には、散歩も家のゲームも良いかなって感じだけど」
「……走って疲れたから、家で良いか?」
「そういえばそっちは走ってたんだっけ。よし、じゃあ帰ろ」
「ああ、ただ俺も気になるから、週末にでも行こうか」
「そうしよう」
いやあ、今日は色々な事があった。とある女子との相談だったり、なんとかメディア部の誘いだったりと……。
……色々ありすぎて、これから逢うである面倒事を想像するだけで、精神がげんなりする。
「明一」
「どうした?」
「帰ったら膝枕」
「……俺も疲れてるんだが、まあ良いか。俺が膝を貸す側だな」
「うん」
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