控えめな態度なら話し易いのに、と俺は思った。
俺は人の感情と言うものを理解出来なかった。
自分は自分で、他人は他人。そう考えているから、感情を理解しようとも、させようともしなかった。
そんな俺にでも、いつの日か、人の感情を理解する事が出来るのだろうか。
「実は? 実は恋仲? 禁断の恋? きゃーっ!」
出来ない。俺は断言した。
昼休みで既に帰りたくなってきたが、帰れない。義務教育がそうさせてくるのだ。いや高校に通うのは義務ではなかったな。
子供にも授業を受ける受けないを選ぶ権利があるとは聞くが、母に迷惑をかけたく無いので黙って席に留まる。
それはそうと帰りたい。
「ねえねえどうやって仲直りしたのかなあ。やっぱり壁ドンとか、まさかのまさか押し倒しちゃって―――」
どうしてこの子は俺の目の前で妄想を垂れ流しているのだろう。明日からはトイレで食事した方が良いのだろうか、それともあの溢れ出る妄想をトイレに流せば良いだろうか。詰まりそうだな。
俺の沈黙に不満な様子だが、予鈴を合図に退散してくれた。学校の定めたスケジュールに逆らう者は、幸運にもいない。
時は経って午後の休憩中。時の針がいくら回っても、相変わらず生徒達の目線はまだ俺たちを指している。
一部の真面目でマトモな生徒は机と向き合ったままだが、彼らを見習おうという気は無いのだろうか。
「何があったんだよマジ! あんな険悪な雰囲気を持ち直すなんて、理由の一つや二つなんかじゃ納得いかねえ!」
その片手にあるメモ帳は何なのやら。俺が答える気がないという事だけ書き記してくれれば、俺は大満足なのだが。
俺の冷たい眼差しは、目の前の顔を捉えようともしない。
無言は、教科担任の入室まで続いた。
休憩時間中は大変なものだが、授業になると途端に平和になる。
しかし平和な時間もこれまで。授業を終えれば放課後。暇を持て余した野次馬たちが迫ってくる。
「一旦別れよう」
「ご武運を」
そうすれば追手が減ってやり易くなる。残った人数を欺く為のあの手この手で躱し、そうして校舎内を向こうからあそこまで回っていると、飽きが来たのか追手が居なくなっていた。
……ここまですっかり居なくなると、かえって怪しいが、取り敢えず下駄箱のあるエリアにまで来てみた。待ち伏せはいなさそうだ
明とはまだ合流していない。とは言えここで待っていたら追っ手に見つかりかねない。こんな場所からは退散した方が良い。
「あの」
「あ」
「ま、待ってください!」
見つかった、こんな所に隠れていたか! 咄嗟に逃げようと、乱暴に靴を履こうとして……あれ? と目の前の顔を見る。
校舎の玄関口にて靴を履き替えている所で、この女子に控えめな声で呼び止められた。警戒していた質問攻めは、来ない。
「えっと……玉川さん」
「はい」
「あの……」
「はい?」
どうにかこうにかと、言葉を続けようとする様子だ。落ち着いて見れば、今までの野次馬と比べてマトモっぽい。少なくとも本能より理性が優っているという点では。
吃ると言うことは、頭の中で正しい単語を探っていると言うこと。これは理性と誠意の成せる技であり、さっきまでの暴徒……じゃなくて、生徒達には出来ていなかった。
つまり、この人とはマトモに話せる。恐らく。
「……どうやって、仲直り、しましたんですか?」
惜しい。まあ、俺も慌てていると変な言葉遣いになるが。
珍しくマトモな態度で接してくれる彼女は、例に違わず名前を知らない。
しかし良い加減な受け答えは憚られる。俺は他人に無関心かもしれないが、寛容ではあるのだ。
「……こっちに」
「あ、はい」
とりあえず、俺は人目のつかないところを探して移動することにした。と言っても、校門脇にある木の陰だが、玄関口よりは良い。
「それで……さっきの答えだが」
……さて、どう答えるべきか。
今までマトモに相手にしていなかったから、この質問の答えというのを用意していなかった。
一番最初に話したものと同じで良いだろうか。あれもあれで即興の言い訳だから、使い続けるとボロが出そうだ。
「切っ掛けは、ゲーム上のフレンドがお互いだと気づいた事だった」
「ご、ごめんなさい、それはもう知ってて」
それは残念。予め調べはしていたのか。様子を見るが、俺の答えを受けて何やら考え込んでいる様だ。
「明一、どうしたの?」
「明」
馴染みの声が聞こえて、振り返る。今まで生徒から逃れる際に教室で別れたっきりだった片割れだ。
「今までのとは様子が違う」
「だから応対してるんだ」
ふうん、と明が目線を移す。一応、女子のよしみという事で見覚えがあるか確認してみるが、知らないと言う身振りで返される。確かに俺も、男女どちらも同様に見知っていない。
「あ、玉川さんも……あっ」
はい玉川です。まあ上で呼ぼうが下で呼ぼうが構わないが、区別したいなら下で呼ぶ方を推奨したい。
「私の事でしょ? ……ゲーム上で」 「もう言った」 「そっか。じゃあ……」
「ああいえ、二人ともそんなに考えてくれなくても良いんです。ホントに、個人的な事情で聞きたいだけなので……」
今までの人達は全員個人的な事情さえも無かったから、答えを控えていたのだが……。
この女子の言う事情。そこに踏み込む気は起きないが、さてどうしようか。
「……私達の話が、役に立つの?」
「え? ええと、その……はい」
……あー。あの明の顔は、そう言う事で良いのだろうか。
俺達が二人だとは言え、この伝達力で以って話した所で、あまり良い結果で終わるとは思えない。まあ実行するなら付き合おう。
「一体どんな事情? 必要なら、聞くよ」
この女子の事情というものに踏み込むのは、人情の為かもしれない。ただ、その引き換えとして、少しだけ役に立ってもらおう。
その為に、真摯な言葉遣いを意識する。意識したところでできるとは限らない。
……コホン。
「求める答えがあるなら、聞いてくれ」
「はい。ありがとうございます。…… ちょっと、夏休み中にお姉さんと仲違いをしまして」
「なるほど」
仲違いと言ったら、今度は仲直り、と言う事だろうか。それで俺達という一例を頼ったのか。
しかし、仲直りする方法ねえ……。俺達のは、参考できる例とは言い難いな。何せ、過去の双子と言う存在は見たこともないのだから。
仲違いとは言えないが、昨晩のアレがあっても何事も変化無いし。
何よりも、原因が分からないと事は始まらない。
「仲違いというのは?」
「えっと……多分、私が余計な事を言ったからだと思います」
漠然な答えだな。言葉を濁したのか、あるいは自分でもよく分かっていないのか?
「具体的には分からない?」
「はい……」
「相手の反応、変化は」
「私と話そうとしなくなって……。距離を取られたというか……」
「ふうん」
謎解きでもしている気分だが、あまりにも証拠がない。お役立ちしたい所だが、これでは何も出来ないな。
しかし、あんまり深い所にまで踏み込むほど彼女とは仲が良くない。そもそも名前も知らない。
だから、これ以上の話は、俺達からは求めない。
「それだけだと、残念だけど力になれない」
「私達に言えるのは、謝って、お互いを理解するっていう、誰にでも思いつく言葉」
「理解できなくても、そういう物だと知って、気をつければ良い」
「幾ら姉妹でも、知らない事や理解できない事なんて、何十も何百もあるだろうから」
「は、はい」
「じゃあ、俺たちは行くぞ。具体的な事がわかれば、また話を聞きに来ても良い」
「私達は帰宅部だからね。放課後に来るなら早めに」
「野次馬に囲まれている限りは、暇があるとは言えないが」
「それ以外なら、何時でも」
「え、えーっと……。ありがとうございます? あの、最後に一つだけ聞いて良いですか?」
最後の一つ? まあ、答えられるなら……。
「明さんと明一さんって、お互いをどれぐらい理解しているんですか?」
「どれぐらい?」
「どれぐらいです」
目を見合わせる。どれぐらいになるだろうか。
当初は“自分同士が出会った!“等と思っていたが、性差を中心とした違いで、限りなく自分に近いぐらいかなと思っている。
……一致率じゃなくて理解度の話だったな。
テレパシーぐらいか? そしたら以心伝心という言葉が……、
「ここに居たぞ!」 「逃がさないと言ったからには!」
「……間が悪い」
「明一、ちょっと
「いや、
「了解。ごめんね、じゃあ!」
「え、は、はいっ?!」
相談中だった女子に一言謝って、校門を飛び出す。道路を二手に分かれて、慣れない道に向かって駆け出した。
「…………あー。一心同体、くらい?」
後ろで彼女が何か呟いたが、数歩駆けた向こうで背中を向けていれば、その内容を聞き取ることはできなかった。
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