たまる、ぶちまけた、たたない。

エヌナナ・ジューヨン

たまる、ぶちまけた、たたない。

昔々あるところに、カメオくんという13歳の少年がおりました。


ある夏の日のことです。

別に夏の設定でなくてもいいのですが、キャッチコピーになんとなく「13歳、夏の日の思い出。」と書いてしまったからには夏の設定です。

ほぼまったく意味をなさない設定です。 忘れた方がいい設定です。 続けます。


とにかく、ある夏の日のことです。

カメオくんの家はその日、自宅にておばあちゃんの三回忌法要を行う予定でした。

おじいちゃんは山へ、否、散歩がてら花屋まで供花を買いに。おとうさんとおかあさんは、親戚を迎えに出掛けました。


留守番を任されたカメオくんに、出先のおかあさんから電話がありました。

「カメオ、お願いがあるの。 お仏壇の香炉……アレよ、お線香をたてるアレ。

 灰がだいぶ溜まっちゃってた気がするんだけど、後回しにしてうっかり手入れを忘れてたの。

 もし沢山溜まっているようだったら、少し庭にでもまいて捨てておいてもらえるかしら」

「わかった」

「お願いね」


仏間に行ってみると、おかあさんの言うとおり香炉に灰が山のようになっています。

日課としておじいちゃんが今朝もお仏壇にお線香をあげていたので、線香が燃え尽きるまで掃除を待っていたら忘れたのでしょう。

カメオくんは、香炉を持って慎重に庭へと向かいました。


仏間を出て、廊下を過ぎ、居間を経て、縁側まで出て、あとは庭へと降りるだけ…その時でした。


「あっ!」


カメオくんは何かにつまづき転び、香炉を取り落としてしまいました。

揺れた視界、見上げた空、ちょっと「メキッ」といったかもしれない腰、倒れ込む体……。

宙を舞う香炉。一面に飛び散る灰。舞い散る灰。風に散る灰、灰、灰…。



一瞬にして、香炉の灰は全て庭にぶちまけられてしまいました。

おじいちゃんがせっせと世話をしている自慢の庭に、季節外れな白い雪が降ったかのようでした。

慌てて灰をかき集めようにも、折悪く降りだした雨で地面は濡れ、どんどん使い物にならなくなっていきました。

自分も頭から灰をかぶっていたカメオくんですが、現実世界で灰かぶりの男子中学生を助けに来る魔法使いなどは現れませんでした。



困った。 ……これじゃ線香が立てられない!

頭の外側が真っ白になったカメオくんにとって、頭の中まで驚きの白さになる非常事態の発生でした。



両親たちの帰宅予定時刻まであとわずか。

更には、お坊さんの到着予定までの時間もそれほど残ってはいませんでした。


カメオくんの家が浄土真宗であれば、お線香は立てずに寝かせて使うのでそこまで問題ではなかったでしょう。

しかし、カメオくんの家の宗派はお線香を立てる宗派なのです。

いかにキリスト教やイスラム教よりユルそうな仏教とはいえ、今日だけ改宗!という訳にはいきません。


カメオくんがもう少し大人なら、あるいは知識があったなら、仏具店やホームセンターで香炉用の灰を買ってくるという手段を取れたかもしれません。

ですが、カメオくんの脳内にはソシャゲやら同級生の女子のことやらの年相応の知識はあっても、灰の購入先だなんてシブい情報はインプットされていなかったのです。


カメオくんは考えました。

灰がないなら、灰を作ればいいじゃない。 でも、どうやって?


カメオくんは考えました。

毎朝おじいちゃんが仏壇に線香をあげて、その灰が香炉に溜まっていたんだから、線香を燃やせばいいじゃないか!


こうしてカメオくんは、これ名案とばかりに短く折った線香をたっぷり香炉に詰めて、火をつけたのです。




結果は惨憺たるものでした。


再びスッ転んでこぼさないようにと仏間で始めたはいいものの、詰め込まれた大量の線香は当然、大量の煙を出しました。

仏壇のおばあちゃん及びご先祖様のお歴々が軒並み燻製になるんじゃないか、と言わんばかりのスモーク具合です。

そんな有様だというのに、肝心の灰が全然溜まってくれません。

詰め込まれた線香同士が密集しすぎて、途中で火が消える事態が続発したのです。

慌てたカメオくんは縁側にあった蚊取り線香も逐次投入し、問題のの早期解決を図りました。

大量の煙、燃え残る線香、全然足りない灰、浪費されゆく時間、除虫菊由来の殺虫成分…… カメオくんの目には涙が浮かびました。


さてそこから数分後。

自宅がそんな事になっているとはつゆ知らず、カメオくんの両親+親戚一行とおじいちゃんは丁度同じ頃に帰ってきました。


玄関を開けてびっくり。

やうやう白くなりゆく廊下、十分明りて、ホワイトだちたる煙の、元気よくたなびきたる。


慌ててカメオくんを探しに行くおとうさん。

火の元を探して駆け回るおかあさん。

何事もなかったかのように、そして現場の惨状も知らず、親戚の方々に自慢の庭を見てくれと案内するおじいちゃん。

仏間にて家族の帰還と失態の露呈を悟り、感極まって声をあげて泣くカメオくん……




結局、香炉の灰はおとうさんが仏具店にダッシュすることで、お坊さんの到着には間に合いました。

灰を庭にぶちまけてしまったことについては「肥料になるだろう」とのことで不問とされました。

各種線香を大量に燃やしたことについては相当叱られましたが、とにかく無事で何より、と許してもらえました。


親戚には心配されるやら笑われるやら、同年代のいとこにまで知られたのが恥ずかしくてたまりませんでした。

お経をあげにいらしたお坊さんが説話で「花咲かじいさん」について触れたのは、ただの偶然と信じたいものです。


家じゅうが燻製になったこの日からしばらく、具体的には布団から線香の香りが抜けるまで、カメオくんは毎日のように灰と煙に塗れて苦しむ蚊のシンデレラになった夢を見ました。

ご都合主義的になりがちな夢の中ですらも、灰かぶりの男子中学生を助けに来る奇特な魔法使いなどは、現れませんでした。




以上が事の顛末です。

実話ではありません。 実話では、ありません。



泣いてなんかいません。



おしまい。

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