第30話:陰謀団流の制裁

 ―――狭く薄暗い通路、通路の天井には薄暗い照明が疎らにあるばかり。その通路の奥、とある一室から怒鳴り声や女の啜り泣く声が反響して通路に響いていた。



「い、家に帰してください、小さな息子がお腹を空かせて待ってるんです」



「ここはどこなんだ!?」



「これはれっきとした犯罪だぞっ!?」



「やだ…やだ…」



「かっ、金ならやる、だから、家に帰してくれっ」



「…」



「あ、あんたらのことは誰にも言わないからっ!」



「ひっ」



 数人の男女が銀の手術台のある部屋の隅に、後ろ手に縛られて転がされていた。その男女の真横に立つナース服に黒縁の眼鏡を掛けた女が、にっこりと微笑んで口元に指を当てる。『静かに』、言葉は出さなくとも、ジェスチャーで意図を伝える。だが、そんなことで静かになるわけもない。



「ふざけるなっ、いいからここから出せ! っ!?」



 1番大声を張り上げて中年の無精髭を生やした男が、急に入口の扉を見て話を止める。他の囚われた人たちも何事かと視線を向けると、異形の生き物が扉を開けて中に入ってくるところであった。頭部はなく、代わりに胸部に厳つい男の顔が埋め込まれるようにしてあった。背には鱗粉が淡く光る2対の蛾の羽を持ち、どう見ても人間には見えない。



「お呼びですか、イズミ所長」



「ええ、蛾型怪人モスマン。いくつか聞きたいことがあるんだけど良いかしら〜」



 部屋の片隅の簡素な机で切れ目が特徴的な白衣を着た美女―――イズミ所長が軽く手を振る。蛾型怪人モスマンと呼ばれた異形の怪人は部屋の奥の椅子に腰掛けるイズミの元へと歩み寄る。先程までうるさかった人たちは異形の怪物を見て言葉を失い、固まってしまう。



「アナタが連れてきた人間の数、わかるかしら〜」



「…? えぇと、そこにいる7人で全部ですが」



「ふ〜ん? …あ、そこだと、もう一歩横に行ってもらえるかしら〜? ああ、そうそう、そこがいいわ〜」



 モスマンは怪訝な表情を浮かべると、イズミの言う通りに横にずれる。一方でイズミは手術道具からメスを1本手に取ると、指でそれを弄び始める。



「じゃあもう一つ質問するわ〜。こちらの損害の数は〜?」



「は…え?」




 モスマンが口を開こうとしたとき、イズミは手に持っていたモスマンの顔面に突き刺す。真っ黒な体液が雫となって部屋中に飛び散っていく。



損害答えは"4"よ〜? しかも戦闘員シャドウだけじゃなくて怪人も含むのよ、たったのこれだけじゃ、損害に釣り合わないと思わないかしら〜?」



「いっ、いえっ! じゃ、邪魔が入ってしまって」



 モスマンはなんとか手で顔をメスから守ろうとするが、イズミのメスは手の隙間を塗って確実に顔面を突き刺していく。そんな凶行をしているイズミであったが、その表情は無表情のままで感情を読み取ることはできない。



「報告は聞いてるわ。ピンク色のワンピースをきた女に牛型怪人ミノタウがやられた、とね。でも、おかしくないかしら〜」



「は、ひっ」



「なんでかしら〜? そんな貴重なサンプル、髪の毛一本でも取って来ようと思わなかったのかしら〜?」



 イズミは何度も何度もメスをモスマンへと振るう。

モスマンは両手でひたすらイズミの振るうメスを防御するのみ。そしてひとしきりして、満足したのかイズミはメスを適当に放り投げる。



「ま、今回は良いわ〜。次、頑張ってちょうだいよ〜」



 真っ黒な体液を垂れ流し、床に転がるモスマンの顔を踏みつけると、部屋の隅で固まっていた7人の方へと目を向ける。



「嫌なことがあったら、その分楽しいことをするのが仕事の長続きの秘訣よね〜。アレ、その1番活きが良いのから始めるわ〜」



 アレ、と呼ばれた黒縁の眼鏡を掛けた看護婦が、さきほど一番の大声で怒鳴っていた中年男の腕を掴む。そこで中年男は喚き、アレの手を自身の腕から引き剥がそうともがくが外れることはない。そしてそのまま手術台まで引っ張られると、手術台に無理やり固定されて身動きが出来なくなる。

 

 

「さて、アナタはどんな怪人になるのかしら〜」



 イズミはいつの間にか蛍光色の液体が詰まった注射器を手に持ち、中年男にそれを見せつける。そしてそれを中年男の腕へと注射するのであった。

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