第14話:氷室と名瀬

氷室ひむろは吐息すら感じられる距離でリリの顔を覗き込んでいた。

その”圧”にリリは咄嗟に目を逸らす。



(リリ、リリ。この人に何も喋っちゃいけないよ。特に君があの怪人と戦ったなんて話を出したら、君だけじゃなくここに居る人たちだって危なくなっちゃうよ)



(……え、頭の中に声が)



(ボクだよ、ソーヤだよ。君と一心同体みたいな存在って言っただろう? だから君の心に直接話しかけてるんだ。それで、もしかしたらこの人たちは陰謀団カバルの手先かも)



(ええっ! というかソーヤさん、こんなことも出来るんだ……?)



 リリは二重の意味で驚く。

頭の中で奏矢ソーヤと喋れたこと、そして目の前の警官を名乗る普通の人間があの犬型怪人ヘルハウの仲間かもしれないと告げられたこと。リリはうつむき、黙り込む。



「……心中はお察ししますよぉ。あの事件でお友達が2人も亡くなってるんですから。ああ、そうそう、他の方もこの病院のICUに収容されて今は意識不明の重体だとか。あの火事に遭ったときに2階の窓から直接飛び降りたり、出口が寝室から近くてすぐに外に逃げ出せた方以外は、つまり、あの炎に巻かれた孤児院に居た貴女以外は皆さん何かしら怪我や命を落としているんです。だが、貴女は事件の中心に居たのに無傷だった。これって、何か腑に落ちませんよねぇ? で、何か知っていること、ありません?」



「えっ……」



 氷室はなんでもないような口調で、リリに酷な事実を告げる。

『だから看護婦さんは、あんな様子で私の話を切ったんだ』、そうリリは理解する。友達が2人も死んだという事実、そして自分のせいだけではないにせよ、心臓を掴まれたような感覚に陥る。心臓は早鐘の様に鼓動を鳴らし、呼吸は浅く短くなっていく。




「……はっ……はっ。そんな……はっ……」



「おや、体調がだいぶ優れないようで。大丈夫ですかぁ?」



「はっ……はっ。息が。できな……」



 リリは段々と目の前が暗くなっていく。ショックで酸欠になり、段々と意識が遠のいていく。

そして完全に意識が途切れかけたそのとき、するりと奏矢が入院着の隙間からリリの身体へと入り込んだ。



「はっ……はっ。すみません、大丈夫、です」



「……? まぁ、大丈夫なら良かったです。なら質問に答えて頂けますか? (一瞬、瞳の色が変ったように見えたのは気のせいか……? それに一瞬だけぶれたような?)」



「……そうですね。あのとき、わたしはお手洗いに起きたんです。そしたら急に壁が壊れて、あの……夢かもしれないんですが着ぐるみみたいに大きな犬の人がそこに立っていて。それで、驚いてわたし、逃げようとして。熱くて。それで、それで。そこから何が何だがわからなくなっちゃって」



 リリは意識を失い、代わりにリリの身体へと入り込んだ奏矢が氷室の質問をよどみなく答える。

本当にあったこと、そして嘘を織り交ぜることで相手が上手く追求できないような証言をする。それに氷室は”犬の化け物”が居たことを既に掴んでいる。それをはぐらかすことは難しいとも奏矢は考えたのだ。



「ふぅむ……? そう、ですか。本当に何も覚えていない、と?」



「はい……ごめんなさい」



 氷室と名瀬なせは無言で見合わせる。

そして氷室は立ち上がると、名瀬の耳元で小さく話しかける。その声は小さく、奏矢の耳では何を言っているのか分からなかった。



「分かりました。では何か思い出したらこちらの名刺の連絡先にご連絡ください。名瀬さん、天野さんが退院してからのことを説明して上げてください。では」




 氷室は名刺を置いて立ち上がると部屋から出て行く。奏矢がその名刺を取ってみるとそこに電話番号と共に『警視庁特別捜査課第3班 氷室兼久ひむろ かねひさ』と記載されていた。

名瀬は名刺を眺めている奏矢の前にA4の封印のついた茶封筒を差し出す。



「あなたが居た孤児院が焼けてしまって、もうあそこには戻れないわ。それにあなたはその着ぐるみのように大きい犯人を目撃している。もしかしたら犯人があなたを覚えているかもしれない。名前を変えるほどではないと思うけど、住む場所はこちらで決めさせて貰うわよ」



「ああ、はい」



 そうやって名瀬は暫く奏矢に説明をする。次の住処は名瀬たちの管轄内に起きたいために指定したマンションを借り上げて住んで貰うこと、生活費の支給、どの中学校に通うのか、何かあったときにどうするのか、などなど。

奏矢は適当に説明を受けながら、相づちをうつ。



「……まあ。こんなところですかね。まだ入院中ですから、退院後にまたご連絡致します。困ったことがあったらいつでもご連絡ください」



 そうして名瀬はお辞儀をするとそのまま病室を出て行く。

残された奏矢はリリの意識が目覚めるまで待つしかないため、ベッドに寝転んで天井をまんじりと見る。




(……あいつら、一体何なんだ? 単純に俺らのことを調べてるのか? 本当に陰謀団カバルに関係が?)





************


 

 名瀬は病院を出て、氷室の待つ車へと向かう。

お目当ての車を見つけると、運転席へと乗り込む。次いで助手席が開き、氷室が火のついてないタバコを咥えながら入り込んでくる。



「それで、氷室さんはリリあの子についてどう思います?」



 名瀬は車を動かしながら、氷室に質問を投げかける。

氷室は助手席から離れていくリリの居た個室を見ながらぽつりと喋る。



「まあ、分かりませんねぇ。何かを隠しているのか、それとも本当のことを全部話しているのか」



「……氷室さんでもわからないことあるんですね。氷室さんって相手が言っていることが嘘か本当か分かる”人間嘘発見器”だと思っていました」



「いえいえ、私にも分からないことがありますよぉ。 ……にしても最近、ワケの分からない事件が多いですねぇ。”人間には見えない化け物”に攫われるところ見た、なんて何件も情報が寄せられていますからねぇ。テロリストか宗教団体絡みだと思っていたんですが、どうも釈然としませんよ」



「それにしても氷室さん、から来たなんて、嘘ばかり言うんですね。私も児童福祉局の人間だなんて、あなたの部下ですよ、私」



「方角は合ってますよぉ。それに児童福祉局だって日本全体で見れば私たちがやってきた方角に1軒や2軒ぐらいあるでしょう? 嘘は言ってませんよぉ? まあ、警察の中でも公安当局なんてごちゃごちゃと子供相手に説明するよりか、こっちの方が都合が良いんです。それに警官の私よりも児童福祉局を名乗る貴女にはなにかしら情報を漏らしてくれるかもしれませんし。名瀬さんも上手く嘘をつけるようにしないと出世しませんよぉ」



「はいはい、わかりました。氷室”副局長”」



 名瀬は最後の副局長、と言った部分を強調する。

氷室はそんな名瀬の皮肉交じりの言葉をどこ吹く風と言わんばかりに助手席の窓を開けて外を眺める。  



「何かモヤモヤとしますねぇ、かと言って何かを隠している"だろう"で、あの少女を尋問するわけにはいきませんし。あ、帰りにコンビニに寄ってください。蒸し暑いんで、アイスでも買っていきましょう」

 


「……そんな暑苦しい格好をしているからですよ」




 そう言いながら、名瀬は最寄りのコンビニを探しつつハンドルを握るのであった。

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